町の様子を見てくる、という名目で私はお忍びでマロウの通りを歩いている。王都にいるころはライアに止められただろうけれど、ここでは私が最高権力者だ。ちょっとぐらいのことは目を瞑っててもらえる。ちゃんとミシェーラを護衛代わりにつれているし、変装だってしている。本当なら、総督としての政務が待っていると思うのだがロマディとの引継ぎの儀式が三日後に控えているのでそれまでの政務は全部ロマディが行うことになっている。こっちとしても日を何日かに分けて移動してきているので、新しい住まいを片付けたりとか、買い物をしたりとかすめるようにするまでの準備期間ができてうれしい。
 今日は市の日ではないのに、通りにはたくさんの人がいて品物の売り買いをしている。私はきょろきょろしつつ町の様子を確認した。平和に収められている町であれば、路地裏だってきれいだし、人々の笑顔に曇りは無いはずだ。案の定、そこまでひどい路地裏はなさそうだ。港はどうなっているんだろう、市場は王都のものと同じような感じがしたけれど、港はみたことがないし。
 私がミシェーラに港へ行こうと声をかけようとしたら、突然海のほうからなにか爆発音が聞こえた。そして、海側にある建物が音を立てて崩れ落ちる。
 砲撃?!
 人々は鋭い悲鳴を上げて逃げ出した。海とは反対側の高台のあるほうへ、一目散に逃げ出す。
「これ、どういうこと?!」
「とにかく、避難を殿下」
「だって、誰かが攻撃してきてるんだよ? 防がないと……」
 そうだ、あの船に乗っている人たちは私の敵なんだ。誰だか知らないし、なんで襲うのか理由もわからないけれどマロウを壊そうとする敵なんだ……。
「ひとまず、総督府へお戻りを。指揮もできません」
「……わかった」
 慥かに、助けるとはいっても二人だけでは船に乗っている連中と戦うことはできない。私はミシェーラと一緒に総督府へと走り出した。だが、すでにやつらは上陸を始めていたらしく、遠くから「海賊だーっ」という叫び声と、断末魔の悲鳴が聞こえた。
 私はその声に一瞬だけ振り返った。港のほうから炎が上がっている。
 あれが、私の敵。海賊。
「殿下、こっちです」
 ミシェーラが手を差し出す。私はその手につかまろうとして、後ろに引っ張られた。誰だ! 私のベールを後ろから引っつかんでいるのは……!!
「おおっ、こりゃ上物だぜ」
 あの砲撃は囮だったのか、港から離れたこんなところまで海賊たちは上陸していた。恰幅のいいつるはげ頭が私の顔を見てにやにや笑っている。頸筋にはよく切れそうなシミターが宛てがわれた。
「その手を離しなさい」
 ミシェーラが護衛用としていつも持っている愛剣に手をかける。
「動くとこっちの女の首切り飛ばすぜ。俺たちはそれでやっても構わないしな」
 この下種!
 ミシェーラが眼力だけで人が殺せるんじゃないかというほどの形相をして、海賊たちをにらみつけた。
「その汚い手を離しな!」

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