つまり、何かぁ?! 俺の酒が飲めねぇってのか!!
 俺は向かい合って座る人のよさそうな顔立ちをした細身の男------俺の相棒にして盗賊ディーブであるロリスを見て叫びたくなった。実際にやったのは中ジョッキいっぱいに入っているビールを木製のテーブルの上にドンッと勢いよく置いたことだ。結構大きい鈍い音がしたけれど周りは酒によって陽気に歌っているやつらばかりなので、こちらのことはまったく気にしていない。俺は手にかかったビールをもったいないと思いながらジョッキを口に運んで一口のみ干した。
 俺が何でこんなに機嫌が悪いかというと、ある情報が手に入りそうだったのに寸でのところでおしゃかになったからだ。
 くそっ今思い出しても肚がたつ。
 そう、荒れ狂っている俺をロリスが半分あきれて、半分諦めたかのような表情をして遠巻きに俺を見つめている。
 誰だって、俺みたいに荒れたくなるってもんだ。
 ------元の世界に帰る方法が消えちまったんだから。


 俺は、一乃蓮いちのはすルウ。名前がカタカナなのは俺がドイツ人と日本人とのダブルだからだ。十五歳だった俺は当然近くの高校に通っているごく普通の男子高校生だった。得意な科目は数学と歴史。苦手な科目は家庭科と国語。部活はバトミントン部。バイトは近くのコンビニでレジうち。この判に押したかのような普通の高校生だった俺は、何故か気がついたら俺のまったく知らない、明らかに地球上ではない世界にきていた。
 思い当たるきっかけはまったくない。普通、なんかしらの衝撃を受けて異世界に飛んで行くというのがこういうファンタジー小説の定番だろう。だけど、俺にはそんなものが感じられなかった。いつものように万年床になっている俺のベッドに、明日は誰かに国語のノート写させてもらわないとな、と思いながら軽くダイブしながら寝転がりそのまま眠った。
 気がついたら、見たこともない質素な天井。天井に電球がない。はっと起きて部屋を見渡せばなんかの映画のセットですか? と聞きたくなるような中世風の装飾のない質素な天井にぴったりな地味な部屋のベッドの上に俺は眠っていたのだ。
 それがたまたま今、俺の相棒をやっているロリスの家で、道で行き倒れている俺を助けてくれたようだった。最初、夢かと思ったこの世界もいつまで経っても夢から覚めないので、現実として受け入れるしかなかった。
 そんなことになってから三年。俺は十八歳になっていた。
 ようやく見つけた元の世界に返るための情報だったのに……。
 大体、こういう物語って召喚された人間は「勇者」か「賢者」か最近の流行では「魔王」ってのが定番だろう? だけど、俺にはある日突然「今日からあなたは○○です」と言ってくれる人は現れなかった。
 もしかして、俺って勝手に紛れ込んで着ちゃったおマヌケさんなのか? と最近思い始めた。 だって、俺がヒーローになる要素って言うのは皆無なんだ。バトミントンをやってたおかげで運動神経はいいほうだろうけど、馬には乗れなかったし、剣を使えないから身を守ることもできない。だからといって俺の知識は学校の試験には役立つけれどこういうサバイバルには何の効力も発揮しない。

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