空には太陽が輝き、白い雲がたなびいている。ポートフィリオの町を抜けるとそこには中原が広がっている。地平線の果てには建物すら見えなくて、ただ一本の道のみが西へと向かっている。この街道沿いに三日行けば国境にたどり着く。国境までは比較的平坦な道が続くので馬での旅はしやすい。
「今日はよく晴れてるわね。向こうにシリエント山がみえるわ」
 南側に広がる海の向こうにわずかに山型の島が見える。あれはグラン帝国エンパイアで一番高い山のシリエント山だ。よく晴れた日ではないと見えない。帝国エンパイア出身のアルシェーンが懐かしそうに目を細めた。
「お前、家には帰ってないのかよ」
 ホームシックにでもかかったかのような泣き出しそうな表情をしたアルシェーンをみて、俺は思わず口からついでた。
「帰ってないわ」
「なんで?」
 俺はできることなら帰りたい。時々思うんだ、この世界はすべて俺の夢の中のものではないのかと。
「帰れない事情があるのよ!!」
 アルシェーンはほほを紅くして叫んだ。大方、家出同然で家を出てきたからいまさら家族に顔向けできないとかそんな事情だろう。アルシェーンはグラン帝国エンパイア貴族ザ・アッパーテンの娘だとかつて聞いたことがあった。 
「……あんたの出身はどこよ」
 アルシェーンは急に大きい声を出したことに恥じたのか、伏目がちに俺に尋ねる。今まで俺の個人的な情報なんてどうでもいいと思っていたようだったのに珍しいこともあるもんだ。だが、その質問は俺にとってはつらい。
「故郷は無い」
「え?」
「故郷は無い……そういうことだ」
 どこをどう行ったって、世界の果てまで行っても俺の住んでいた世界には帰れない。ただ何気なく毎日通っていた学校も、よくよったコンビニも俺にはすべてが遠い。
「ごめんなさい」
「なぜ、謝るんだ?」
「だって……戦争は絶えないし、故郷をなくしてしまった人がたくさんいることぐらい、私だって分かっていたつもりだわ」
 アルシェーンは誤解をしてくれたらしい。俺の住んでいた町が戦争で廃墟になったと思っているようだ。俺はいままでそういうのを目撃はしていないけれど、グラン帝国エンパイア出身のアルシェーンは痛いほどそれを知っているようだ。近年起きた戦争のほとんどがグラン帝国エンパイアの侵略戦争だと考えれば、自分の領土と新しく書き換えてきた土地で、グラン帝国エンパイアの所為で目茶苦茶にされた町だってたくさんあるだろう。
 そういうのって、侵略者側は知らないもんだと思っていたけれど、アルシェーンは違うのか。
「主はおっしゃいました。故郷は心の中にあるものだと。美しき故郷を心に宿すものは、いつかその故郷にたどり着くだろう。神に祈りなさい。祈りこそが、平和への道しるべです」
 ユーリスが淡々とした声で祈りの言葉を口にのせた。
「故郷は心の中にある……か」
 俺は馬を走らせながら空を見上げた。透き通るような空の青が、俺の目には痛かった。

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