ロンデスガルドの森へは比較的安全な道のりだった。もともと街道としてメイヒュー国で一二を争うほど人気のあるところだし、国境を越えて旅をする人はこの西側の出口を選ぶことが多い。俺たちは、ロンデスガルドの森の近くにある小さな村ヒュラーで休息をすることにした。
 村では一軒しかないという宿屋の一階のレストランで俺たちは軽い食事をとりながらロンデスガルドの森の噂話を尋ねる。
 なんでも、グラン帝国の軍人が数名、森の奥へ赴くのを目撃者が多数いるらしい。
「他国の軍人が来るなんておかしくないか?」
「メイヒュー王国は事実上、グラン帝国エンパイアの属国に成り下がったも同然だからな。ノーチェックで行ける場所も多いだろな」
 俺の疑問に、ロリスがテーブルの上を人差し指で軽くはじいて答えた。
「そういえば、森の奥の木がだいぶ切り倒されてるって話だねぇ」
 宿屋の女将さんが俺たちのコップにお茶を注ぎ足してくれた。
「ヒュラーの村を大きくするだのなんだの、お偉いさんたちが言っていたけど、ここはこのままのんびりしたままがあたしは好きだけどね……」
 俺のいた世界でも、村を発展させるために開発をするか、このままのんびりした小さな村でやっていくかで、もめているなんてことはテレビのニュースでやってた。どこの世界でも、人が住んでいる以上、同じような問題が発生するものらしい。
 ヒュラーの村は、「ロンデスガルドの森」という天然のダンジョンがあるから、冒険者の数はそれなりにやってくる。だけれど、観光というわけではないので村には余りお金を落として行かない。みやげを買わないもんな。冒険者は。それに、冒険者全員がガラが言い訳ではない。どっちかというと無頼漢のほうが多いので、冒険者が宿に泊まるのを嫌がる一般村民も多い。
 幸い、ヒュラーの村では冒険者である俺たちが宿を取ることに対して反対する人はいなかった。駆け出しのぺーぺー冒険者だから、見逃してもらっているところもあるかもしれない。
 それに、認めたくはないがアルシェーンは立ち振る舞いが優雅で楚々としている。誰の目で見ても、俺でさえ上流の生まれだというのがわかる。良家の出の娘が一緒にいる連中なら安全だろうと、村人たちが思っているのは間違いないだろう。
「軍人さんたちが出入りしてくれているおかげで、治安はいいけれど森へ入るときには十分気をつけるんだよ」
 宿屋の女将さんの警告を頭の隅において、俺たちはロンデスガルドの森へと向かった。


 木々がうっそうと茂っていて、昼間だというのに微昏い。時折、枯れ枝を踏みつけるため燥いた音が森に響く。聞こえてくるのは、鳥の声だろうか。下草に足をとられないように、注意しながら獣道ともいえる細い道をたどっていった。
 先頭を歩くのは、視力が良くて気配にも敏感なロリスである。その隣を俺。アルシェーンが真ン中で、背後を攻撃された場合に備えてユーリスが最後尾だ。
 途中、何事もなくすすみ、問題のぽっかり穴の開いているところまでたどり着いた。てっきりグラン帝国エンパイアの軍人たちが見張りをしているかと思ったが、そんな奴らは一人も見えない。
 火山の火口付近とでも言えばいいのだろうか。何か大きな力でえぐれたかのように、地面に穴が開いている。しかも、底は昏くて見えない。地面の遥か底まで続いていそうで、不気味だ。
 しかも、その穴の付近では見えない壁が立ちふさがっているようで、その見えない壁を手でたたくと澄んだいい音がした。プラスチックでも、ガラスでもない。なんだろうこれは……。
 ユーリスがその透明な壁に手を触れると、その手の周囲が光り輝き、そこから放射状に光が文字と記号を描いて壁全体に広がった。
 あいにくと、俺はこちらの言葉は少ししか読めない。ただ、見た感じなんかの数式のようだ。だが、こちらはあまり数学が学問としては未発達なはずなのに。

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