メイヒュー王国の王都までは、何事も無くたどり着くことが出来た。すばらしい。途中一日ほどかけて横断したすな砂漠では、砂嵐に巻き込まれることも無く、得体の知れない化け物に食料にされることも無く来ることができた。
 王都は砂漠地帯のオアシスに築かれた、元は商人たちの休憩地だったところだ。それを、外敵から身を守るように周囲を高い塀で囲んだ。
 さすが王都というだけあって、王都へ行く者、王都から去るものたちが大陸公路を行きかっている。その中の一人が俺たちだ。どこまでも続く青い空と砂の地平線が見えるのが、ここが日本だといっていない。
 王都の入り口で割符のチェックをされる。旅人は身分を証明するために名前、出身地などを書かれた木製の札を故郷の役所で発行してもらう。戸籍を基に作るらしいのだが、俺はこの世界に戸籍は無い。そこで、ロリス一族の盗賊としての腕の登場となった。
 俺がロリスの家にお世話になっていて、そろそろ旅に出ようとした頃。ロリスの両親がなにをどうやったのかは知らないが俺のちゃんとした戸籍の登録と割符を渡してくれた。
 どうやら、数年前まであった戦で焼け出されてしまったということにしてくれたみたいだ。そんなわけで、俺の割符にはロリスの故郷と同じジレスタ出身となっている。
 ジレスタはファルティマ王国の南西部に位置し、グラン帝国とは海を挟んで対岸に位置している。
 数年前のグラン帝国の侵攻でだいぶ国土にダメージを受けたようで、戦で焼け出されるというのもあながち無かったことではないらしい。
 ファルティマ王国の紋章であるファルティマ草の花の模様が割符の一番上に刻印されている。その下には俺の名前、住所、家族構成などが書かれている。名前はルウ・イチノハス、住所はロリスの家の住所。家族構成は不明だ。怪しいことこの上ないが、ロリスはそれなりに名前のある一族らしく、俺はその付き添いとでも思われているみたいだ。
 怪しまれたことは無い。
 それとも、家族構成が不明だというのは日常茶飯事なのかもしれないけれど。
 今回も何事もなく王都へと足を踏み入れた。俺は、メイヒューの都には始めてきた。茶色い土でできた家が立ち並び、大きな通りには市場がひしめき合う。色とりどりの絨毯や、布地が売られていて、地味な建物の色彩によく生える。
 メイヒューの王宮は、都の中心にあって美しい空色のタイルの装飾で覆われていた。
「シェリダンがよく行くという、酒場に行こうか」
 シェリダンは飛空挺乗り場近くの酒場によくいるらしい。そこで、仕事を得たり、情報を買ったりしてるのだそうだ。
 有名な空賊というと、背も高く、筋肉隆々の胸毛なんかちょっと濃くて見えすぎ、っていうのを俺は想像する。シミターなんか構えちゃったりして、ひげが濃かったり……。
 そんなことを考えながら、人の多いバザールを歩いていく。パンの焼ける甘いいい匂いや、肉の焼ける香ばしい匂いが俺の胃を刺激する。
 酒場で食事をするのはわかっていたので、俺はいい匂いたちに別れを告げてさくさく歩いていくロリスの後をついていった。
「砂海亭」という酒場が飛空挺近くにある大きな店で、冒険者たちも利用するところのようだ。人気の店らしく、大きな店なのに席のほとんどが埋まっている。二階席があるようで、ロリスはそこへ歩いていった。
 途中で、店員にシェリダンは来てるか? とロリスが聞いたところ、どうやら食事をしに来たらしく店員が二階席の隅に座って食事をしている人物をさした。
 そいつは、どうみても空賊にはみえない、貴族のような洒落た服装と身のこなしの人物だった。
 ロリスは無遠慮に近づいていって、シェリダンに話しかける。
「俺は、ロリス。空賊シェリダンに相談がある」
「あの有名な盗賊団の末っ子が何のようだ」
 食事をする手を止めて、俺たちを見つけた彼は、とても端整な顔立ちをしている。アルシェーンなんか、かっこいいと思わずつぶやいたほどだ。
 月の光のような流れる銀髪は、肩の辺りまで伸びていてさらさらのストレートヘア。彫りの深い顔立ちに、空の色の眸が思慮深く輝いている。話し方も、振る舞いも上品で、服の趣味も悪くない。軽装だけれど、仕立ては俺たちが着ている服より断然上等のものだ。言われなければ、こいつが冒険者……空賊には見えない。
 若き独身貴族といっても、充分通じる。

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