「そんなに狩りにいったんなら、バージ族の弱点とかわかったのか?」
「それはのぅ……」
 じいさんは、ヤギのひげのように長く伸びたひげに手をやりしばらく中を見ていたが、いきなりにやり、と笑って突然話題を変えた。
「お前さん、歌は好きかの?」
「こんなときになに言ってんだよ」
「歌はいいもんじゃ……どんなにつらくても、自分が楽しければ自ずと道も開かれるってもんじゃ」
 盛大に爺さんが笑ったところで、話は終わったようだ。爺さんは俺に頑張れよと言って、次に来たお客にオレンジを売り始めた。
 俺は、宿へ続く道に三歩ほど歩みを進めてから振り返って、オレンジ売りの爺さんを見た。小さな木製の椅子に何気なく座っているけれど、その座り方は危険なことがあってもすぐに構えられるように浅く座っている。
 超有名冒険者じゃなかったとしても、本当に若い頃はそこそこの冒険者だったのかもしれない。
 宿へ帰り着いて、部屋でみんなにオレンジを配りながらオレンジ屋の爺さんの話をした。
「そのおもしろ爺さんの名前は?」
 ロリスが渡されたオレンジを服のすそで磨きながらたずねてきた。
「慥か……ラティーカ……かな」
 ロリスから、ブホッという無様なむせる音が聞こえた。オレンジを一口食べたらしく苦しそうに咳をしている。それをユーリスが近寄ってゆっくりとロリスの背をさすった。
「どうかしたのか……?」
 俺がきょとん、としているとアルシェーンが俺の前に立ちはだかり、お得意の指差しポーズで俺を右手人差し指で指差す。左手は腰だ。
「あんた、本当に非常識ね! ラティーカといったら、あの竜殺しラティーカよ? 世界を救ったのよ?! 冒険者なら誰でも知ってるはずよ! 生ける伝説よ! 生ける神よ!! この、歩く非常識!!」
 アルシェーンはキンキン声で一気に俺にまくし立てた。あまりの勢いに、俺はぽかーんと口をあけてアルシェーンの言葉を聞いているしかなかった。
「大体なんであんた、そんな人物と話できてるのよ。私だってバザールのオレンジ屋には行ったけれど、普通のじいさんだったわよ! ……ははーん……あんた、からかわれたのよ」
 いや……俺、別に英雄ラティーカには憧れてないから、からかわれたところで怒りもわかないんだけど。
「そうよ、からかわれたんじゃなかったら、この大天才にして絶世の美少女である私を放ってこんなへらっとした男に、話しかけたりしないわ」
 アルシェーンは一人納得して、高笑いをした。ラティーカのことはどうでもいいけど、『へらっとした男』っていうのは、ちょっとむっとしたな。
「でも、素敵じゃないですか。お爺さんは、バージ族のことを教えてくださったんでしょう。本当なら、どなたでもいいじゃありませんか」
 確かに、あの無駄に長い話の中でバージ族のことはちょくちょく話しにあがったし、弱点こそ教えてくれなかったが生活習慣とか、好む場所なんか教えてくれた。
 ユーリスはにっこり笑って、話の筋がおかしなところへ行こうとしているのを修正した。復活したロリスが、話をまとめる。
「今のバージ族の住処は砂漠の南西部だ。明日はそちらへ行くってことでいいな」
 俺たちは頷いた。
 日程も決まったし、飯も食ったとなればあとは、風呂に入って寝るだけである。アルシェーンはユーリスを誘って風呂に行くようだった。
 砂漠の真ン中の町で風呂に入れるというのは、とても魅力的らしくアルシェーンとユーリスは浮かれていた。はしゃぎがちに、部屋を出て行った後でベッドにごろんと横になったロリスがぽつり、と呟いた。
「俺たちしか知らないことだけど……」
 ロリスのいう俺たち、というのはロリスみたいな宝物を遺跡からとることを専門にしている盗賊団のことだ。
「竜殺しラティーカは、名をあげる前はオレンジ屋だったらしい。現役を引退してからは、オレンジ屋を再開したって話だ」
 風呂の支度をしていた俺は、思わず手を止めて振り返った。ロリスはひょいと起き上がって、言葉を続けた。
「ルウが会ったのは、本人かもしれないな」
 たまには、いい事いうじゃん、と言おうとした俺の台詞をさえぎってロリスはまだ言葉を続ける。
「どこで店を開いたのか判ってないから、世界中でラティーカを名乗るオレンジ屋がいるんだけどな」
 こいつ、一言多いじゃないか。

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