そう、これは本当。
 最初は、嫌で嫌で、あまりにも違う生活に帰りたくて仕方がなかったのだが、今では嫌だと思わない自分がいる。帰りたいのは、相変わらず変わらないのだけれど。
 この生活に慣れてきたからだろうか。
「なら、どうして……『世界を渡る』ことは大変危険を伴うと……言われています」
「危ないと、なぜユーリスは知っている?」
「私たち神官は……いえ……私の信ずる神であるプティマ神は、人と人とをつなぐ架け橋となる……交渉を司る神といわれています。それは、プティマ神が『世界を渡る』ことができたことからきていると」
 なにっ!? じゃあ、優秀な神官であるユーリスに聞けば、『世界を渡る』方法がわかるのか?
「経典には、世界を渡るのにたくさんの犠牲が必要だったと書かれています。そのぐらい危ないといいます。だから、そんな無茶なことをしないでほしいのです」
「どうやって、世界を渡ったのか知らないか?」
「大地から空へ向かって、大きな光の柱が現れそこを、神が通り抜けたと経典には書かれています。ですけど、ルウ、その経典には続きがあります」
 ユーリスは表情を引き締めていった。
「人と人とをつなげるのは、世界と世界をつなげることより難しい。誰もがみな、光の柱となり人と人との境をなくし、心と心をつなげるのは容易いことではない。この世界と見知らぬ世界をつなげる事と同じように、人と人のつながりを大事にせよ……隣人を愛すべし」
 経典を暗記しているのだろう、すらすらと言葉を述べるユーリスは神々しかった。
「ルウは、時折どこか遠くを見ています。ここではないどこかを。それが、私には気がかりなんです」
 隠していたつもりだったのに、気がつかれているものだな。
「俺には故郷がない。無い故郷を思うから、遠くを見てしまうのだろう」
「戦争でなくなってしまったのでしたね」
 俺は黙って頷いた。
 本当は、そうではない。
 ここには無い俺の故郷を思っているときだから、遠くを見てしまうんだ。この世界の向こうにあるかもしれない、俺が生まれた世界を。
 これが、夢だったらいいと何度思ったことか。
 朝、起きればいつものじぶんのベッドの上に寝ていて、フローリングの上には脱いだセータが転がっている……そんな朝を迎えられると寝る前に何度思ったか。
「ルウ……いつか、故郷の話をしてくださいますか?」
「そうだな」
 それは、きっと俺が元の世界へ帰るときだろう。
「でも突然なんで……」
 俺が、ユーリスが唐突にそんな話をしてきたのか不思議に思って尋ねようとしたら、ユーリスは膝を抱えたまま寝入っていた。
 やれやれ、と俺はため息をついてユーリスの肩から落ちかけていた毛布をかけなおした。


 翌日、ロリスにざっと夜中にユーリスと話したことを伝えると、ロリスは困ったように眉を寄せて、ためらいがちに言った。
「バージ族の聖地は、大昔、プティマ神が光の柱を上げて、世界を渡った場所だと言われているんだ」


 え……? 俺、もしかしたら帰れちゃうの?

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