神様が世界を渡った場所だといわれている、バージ族の聖地。もしかして、バージ族は神様が世界をわたったのを見て、ここが聖地だと定めたのかな。
 世界を渡った場所だったとしても、俺はその世界を渡る方法とやらを知らないわけで、今の時点では俺は帰ることができない。何が必要だって言うんだろう。強力なアイテムか? それとも、神様を信じる心か? それとも、……神の力か?
 俺は岩陰から、バージ族の動向を探りながらそんなことを考えた。
 バージ族は、昼行性の性質を持っていて昼間は女が、武器を手に狩りに出かけている。住まいは聖地ではないようだが、祭りが近いらしくバージ族のほとんどが聖地に出入りをしていた。
 聖地は広場のように広く平らに整地されたところに、焚き火を炊くためか、木でやぐらが組まれている。周囲は岩山で囲まれているので、そのうちのひとつに俺たちは身を潜めて、伺っていた。
 聖地は仮の住まいでもあるらしく、岩山に住まいを作っているところもある。住居か、そうでないかの違いは岩山の岩肌に丸くくりぬいた穴がいくつも並んでいたら、そこは住居だ。どうやら、窓らしい。
 狩猟民族にしてはかなり文化的な生活を送っているんだろう。すると侮れないに違いない。
 やはり、出入りが多いので夜になってからこっそり忍び込んで砂漠魚の卵を助ける、といった作戦が一番安全なように思えた。
 俺たちは、日が暮れるまでバージ族の聖地を離れ近くの岩陰で暑い昼間を過ごした。
「ここって、聖地なんでしょ?」
 岩肌が冷たくて気持ち良いのか、アルシェーンはぴったり岩にくっついて言った。
「そう言われています。主が最後に訪れた場所ですから」
 この大陸で一般的に信じられているプティマ神への信仰は、『経典』という形で広まっているらしい。プティマ神がこの世界で何を行ったのか、またそれにはどんな意味があったのかなどが凡人にもわかり易く書いてあるのだそうだ。俺の住んでいた世界と同じで、神様自身は文章を残さないで、その弟子たちが書いたものを編纂したものが一般的に普及している。
 プティマ神は、最後にここにきて光の柱を上げて異世界に渡っていったのだという。それを、神の国に帰ったとも、この世界に遣り残したことが無いので別の世界へと渡ったとも言われている。
「その割には魔力が希薄ね。ここでは魔法を使えないことも多いんじゃないかしら?」
 アルシェーンが言うには、魔法を使うには自分自身の魔法の素質も大事だが、地表に流れている目に見えない力を駆使して具現化するのが魔法なのだという。つまり、アルシェーンはその魔力の具現化を炎にしかできないのだ。
 偉大な魔術師というのは、ほんの少量の魔力で最大限の力を持った具現化を行うのだという。アルシェーンはその卵……というか素質があるのだけれどできない、というタイプなのだという。いずれも本人から聞いた話だから、本当のところはわからない。
「プティマ神は魔法を使いません。使っているのは神の奇跡ですから」
「魔法と神聖魔法は力の出所が違うのか……」
「はい。魔法は大地の力を借りて、神聖魔法は人の内なる力を使います」
 ロリスにユーリスが丁寧に答えた。
 プティマ神が魔法を使えないで、神聖魔法……神の奇跡で光の柱を上げて世界を渡ったのならば、人の内なる力とやらを使えば、世界を渡れるのかもしれないのか。そうなると、神聖魔法が使えるユーリスがもしかしたら、光の柱をあげれるかもしれない。
「神聖魔法は誰でも使えるわけではないのだろ?」
「そうですね……何十年も祈りをささげ修行をしても、神聖魔法は使えるようにはなりません。魔法のように『魔法の素質』というものがかかわるかどうかも不明ですし……なぜ使えるものが少ないのかまだ、解明されていません」
「ユーリスはどうだったんだ?」
「気がついたら使えていました。力を使って人の傷を治すことはみんな当たり前にできることだと思っていましたから」
 実は、神聖魔法が使えるのはごく稀であること、しかも……当時は何の信仰も持っていなかったユーリスが使えてしまっていたので、プティマ神教会はあわてて彼女に信仰を与えた。
「教会に入ったことに後悔はしていません。あのままだったら、力の加減ができなくなっていたでしょうから」
 ユーリスはアルシェーンをみてにっこり笑った。アルシェーンはその笑顔をみて、驚いた表情になりはにかんで笑った。
 なんで微笑みあっているのか俺にはわからない。俺の知らないことを彼女達は共有しているのだろうか。

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