夜になるのをまって、俺達は聖地へ侵入した。砂漠魚の卵は奥まったところにしまわれていたが、なぜか今日は祭りらしく、中央の広場で炎が焚かれその周辺に卵が並べられている。大きさとして成人男性が一抱えするぐらい。それって、俺とロリスがひとつづつもって、あとひとつはユーリスとアルシェーンに持たせるって事?
 危険度が増すな。
 しかも祭りのメインディッシュかなんなのか、みんなの視線が集中しているしなにか良い案を考えないと……。
 こういう場合、映画みたいに眠くなる煙みたいなのを撒き散らして、みんなが眠った隙に卵を奪って逃げるっていうのが定番だけど、そんなものはあったっけ……?
「そういうことは、魔法でできる筈なんだけど……」
 そういって、ちらっとロリスはアルシェーンをみた。
 ああ、アルシェーンは炎が得意だったけ。
 そうすると、陽動作戦……誰かが囮になって騒ぎを起こしている間に卵を抱えて逃げるってことになるけれど、卵は三つ。俺とロリスは卵を運ばないといけないし、そうなると……。
 やっぱり俺もアルシェーンをみた。どうみたって、細腕のアルシェーンよりユーリスのほうが力がある。
「私が囮になりましょう」
 自信たっぷりに言ったのは、ユーリスだ。
「アルシェーンには私が神聖魔法をかけて、一時的に筋力を増大させます。私でしたら、幻覚の魔法が使えますから、ちょっとの間バージ族の方々に驚いていただいている間になんとかしましょう」
 アルシェーンの魔法の腕より、ユーリスの神の奇跡のほうが信じられる。他に良い案が浮かばないし、これでやるしかないだろう。
「ユーリス、危なくなったら足が速くなる神聖魔法を使って、みんなで逃げるんだ。自分ひとりが犠牲になろうなんて考えるなよ」
 どこか自分を犠牲にしてしまいがちなユーリスに俺は言った。俺としては何気ない一言だったのだけれど、ユーリスは嬉しそうに笑った。


 さっそくユーリスが神聖魔法を使い始める。淡い光に包まれて、ユーリスが祈りの言葉をつむぎ始めると、広場のほうでは急に騒がしくなっていった。魔法の効果が現れてきたみたいで、バージ族達が周囲をせわしなく見回しながら、あわてて広場から駆け出していった。
 何が見えているのか、ちょっと気になるな。
 俺達は、その好きに岩影から駆け下り、広場の中心に置かれていた卵まで一目散にかけていった。よっぽど怖いものが見えているのか俺達には全然気がついていない。
 広場に駆けつけたとき、卵のひとつにひびが入っていることに気がついた。もしかして、割れちゃったのか、と思っていたらその卵はことことと動き出した。
 これって、生まれようとしてる……?
 燃え盛る炎の近くに置かれていたので、温まって出てこようとしているのかもしれない。もしそうなら、卵を抱えられないしどうしよう。
 俺が躊躇していると、すでに卵を抱えたアルシェーンとロリスが俺を注目している。
「これ、生まれそうなんだけど」
「それでも、持っていくしかない」
 さすがに、卵の近くですったもんだしていたから、バージ族の一人が気がついた。俺に向かって何かいっているが、あいにくと俺はバージ族の言葉はさっぱり理解できない。それでも、怒ってるのだろうなっていうのはわかる。
 数人のバージ族が俺達を取り囲もうとしている。
「二人は先に行け!」
 卵を抱えている二人は不利だ。俺がひきつけている間に、逃げてもらったほうが良い。ロリスは一瞬だけ迷いを見せたがアルシェーンが走り出したのを見て、つられて走り出した。
 俺のすぐ後ろでは、さっきより激しく卵が動いている。
 まさに、出てきそうだ。
 バージ族たちはさらに包囲網を少し縮めて、俺のほうへ槍を突き出す。
 どうやって逃げようか、と考えていたら俺の足元できゅい、という泣き声がした。
 それが合図になったのか、いっせいにバージ族が俺に襲い掛かってくる。いくら数人とはいえ、大立ち回りをするほどの剣の腕ではないので、あぶなっかしい足取りですばやい突攻撃をよける。中には、俺に掴みかかろうとするバージ族もいる。掴みかかるって言うか、体術なのかな?
 再び、きゅいっという泣き声が今度は耳元でした。声のほうへ視線を向けると体長三十センチぐらいの魚が、宙に浮かんで……背ひれや尾ひれを動かして空を泳いでいた。
 孵化しちゃった……。

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