相変わらずアルシェーンは、呆けた顔で俺を見ている。聖地から抜け出して、王都への帰り道だ。サングラスのスペアなんてもってないから、こうして素顔を晒しているわけだが、アルシェーンだけが俺の顔をみると頬を赤く染めて呆ける。ロリスは免疫があるし、ユーリスは、神聖魔法を使ったとかで、俺の顔を見ても平気なようだ。
 アルシェーンにも同じ魔法をかけてくれれば言いのだが、呆ける前に魔法をかけないといけないらしい。どうにかして正気に返ったときに神聖魔法をかけてもらおうとするのだが、そのチャンスはなかなかやってこなかった。
 その上、「いま、正気に返ったらルウに魅了されていたという事実で、アルシェーンが烈火のごとく怒りそうだよ」というロリスの一言で、魔法をかけてもらうのを俺は躊躇した。
 アルシェーンが烈火のごとく怒って、その当たり先は俺に決まってる。しかも周囲は砂漠。炎の魔法使いたいほうだいじゃないか。
 街中なら魔法を盛大に打ち出すということもしないだろうから、王都に戻ってシェリダンと会っているときにこっそり神聖魔法をかけてもらうことにする。
 それと、もうひとつ問題を抱えている。砂漠魚の子供……俺にすっかりなついてしまったようで、ふわふわ空を泳いでいたかと思うと、俺の頭の上にのっかりくつろいだり、肩の上に乗ったりとスキンシップをしてくる。何を食べるのかよくわからなかったので、バックにつめておいた乾いた木の実や乾燥した肉などを砂漠魚の前に並べたら旨そうに、乾燥した肉を食っていた。
 こいつ、肉食なのか……。
 頭をそっとなでてやると、気持ちよさそうに目をつぶる。砂漠魚の体の表面は岩みたいに硬い。下手な刃物は通さないほど硬い皮で覆われている。触るとすこしだけ、ざらざら。目の粗いやすりみたい。
 俺がアルシェーンに呆けたように見つめられる以外は何事もなく王都に戻ることができた。

 砂の海亭では、シェリダンがいつものように一人で杯を傾けている。俺たちがシェリダンに近づいていくと、向こうも俺たちに気がついたみたいで、行くときより一人……いや、一匹かな増えているのを確認すると、遠目でも驚いたように目を大きくしたのが頒った。
 保護生物を孵化してきたら、驚くか……。
 俺は、俺の頭の上で得意げにきゅいっと鳴いた砂漠魚の重みを感じながら悠長にもそんなことを思っていた。
 とはいえ、俺たちはシェリダンの席のテーブルの上に無事に保護して持って帰って来た砂漠魚の卵を二つ置いた。
 シェリダンが俺の頭の上の生物を見て渋い顔をしている。こういう交渉ごとはすべて、ロリスに任せることにしている。奴は、口から先に生まれてきたようなものだからな。
「持ち帰ってきたよ」
 シェリダンは、ロリスのいけしゃあしゃあとした態度に、苦笑しながら俺たちに席を勧める。
「頭の上に乗っているアレはなんだ」
 シェリダンの視線が俺の頭上に突き刺さる。俺の頭の上では、気持ちよさそうに砂漠魚がのんきに寝ている。俺は、その視線が痛くてつい、にへらと笑った。
「依頼された三個の卵のうち一個は、孵化寸前だった。保護されてる卵なら、すべての記録がされているはずだから、いつ孵化するかもわかったはずだろ?」
 ロリスが俺のしまりのない口を、ひと睨みで閉めさせるとシェリダンに向かっていった。
「孵化寸前の対応を教えておいてくれても良かったんじゃないか?」
「それをいうなら、砂漠魚の保護記録は資料として誰でも閲覽可能だ。事前に調べて行くべきだろう」
「その資料はどこだ?」
「王立図書館だな」
「王立図書館に入る資格は、メイヒュー国民であるか、メイヒュー王国と友好関係にある国の出身か、盗賊でないこと」
「どれも満たしてないなんて、いうんじゃないだろうな」
「いわずもがな、俺は盗賊だ。図書館には入れない。アルシェーンは国を追われている。ユーリスはメイヒュー王国と国交のないジリン王国出身だ。そして、ルウは俺の一族だ……さて、誰が王立図書館に入館できる?」
 シェリダンとロリスが火花を散らしている中、俺は呆けているアルシェーンを介抱しているユーリスに耳打ちした。
「アルシェーンって、国を追われるほどの犯罪者なのかよ?」
「どうも、帝国では自由に外国へ行くことが禁止されているようなんです」

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