王女誕生

 ようやく喪があけた。突然国王陛下が亡くなられて一週間、王都フェンネルは喪に服すということで商店は建前上休業状態だった。私の営んでいる薬屋は休むわけには行かない商売だったので、カーテンは半分開いている状態で、こっそりと「オープン」の札を出しておいた。それでも、やはり客足は遠のく。王都はいつにない静かさに包まれていた。
 だが、それも昨日までの話しだ。
 今日からは通常通りの営業をすることができる。ちょうど、市の日と重なっているので人通りも多くなるだろう。私はお店の扉を覆っているカーテンをばっと開いて、「オープン」のプレートと本日の目玉商品と、今はやっている病の薬などをかいたボードを見せの前に出した。お店の名前は「アラニカ」私の好きな花の名前だ。花言葉は……忘れた。なんだったっけ?
 だけど、その花言葉がいい言葉だったにしても、あまりお店の名前としては効果がないみたいだ。オープンしてそろそろ三年になろうとするこの店だけど、なんとか食べていけるぐらいで儲けなんてほとんどなかった。
 お店のカウンターに並べてあるドライハーブの数々を、それぞれ適当な量でまとめて紐で茎の辺りを縛る。丸ごと花から葉っぱまで利用できるハーブは花の造詣を残したまま売ることにしている。花しか使えないハーブの場合は、乾燥が終わったら花だけとって、ガラス瓶にいれて量り売りにしている。葉っぱしか使えないハーブの場合も同じようにしていた。
 私が、開店準備を終えて、商品であるハーブの束を作っていると扉が開いて、扉についているベルがからん、と鳴った。
「いらっしゃ……」
 私は、なんとはなしにお決まりのせりふを口に乗せながら、客を見た。そこには、国王直属の親衛隊の服を着た兵士が二人立っていた。すきのない雰囲気に、鋭く光らせた眼光。そんな彼らがなんで、自分でいうのもなんだけど、こんな売れない薬屋へやってくるのだろう。
 表通りには、もっと大きくて、貴族御用達の上等な薬屋があったはずだ。
「なにか、御用ですか?」
 声が硬くなってしまうのだって、仕方がないことだ。
「あなたが、ルシーダ・ボリジ殿か?」
 二人組みのうち、背の高い兵士のほうが私に質問をする。
「そうだけど。名前を名乗るなら、自分も名乗りなさいよ」
「我々は、スター・オブ・ベツヘルム王国国王直属親衛隊ジュスディンと、キサータだ」
 ジュスディンというのが背の高いほうで、キサータは背の低いほうのようだ。キサータは声も発せず目だけで挨拶をする。とはいえ、油断なく周囲をうかがっているところを見るとなにか厄介なことをここに持ち込もうといているみたいだ。
 すると、二人とも急に二人とも私の前でひざまづく。それは、まるで高貴な人に傅く用な姿で。
「初めて御意を得ます。ルシーダ内親王殿下。我らと共に城へお戻りください」
 え……?
 内親王殿下……??
 誰、誰のこと?! ルシーダさん、内親王だなんていわれてますよ!
「だ、誰か、勘違いしてるんじゃないの?! 私は……っ」
 そう、私は単なる平凡なベツヘルム国民で、やっとの思いで税金を納めている貧乏市民なのよ。
 ……言ってる自分が情けなくなってくるけど。
 だけれど、親衛隊二人組みはやけに自信に満ち溢れた声と表情で言った。
「いいえ。あなたが、ルシーダ殿下です。とにかく、陛下のご命令によりお城にお連れします」
 両腕をしっかりと押さえつけられて、私はまるで犯罪者のように二人に連行される。
 ちょっと、これって内親王っていう扱いなの? 逃げやしないけどさ。
 私が空けたばかりのお店を閉めたいというと、開店休業のようなものだからいいだろう、とかいわれ「クローズ」の札と家に鍵をかけるだけしかできなかった。そして、店の前に止められた馬車に乗せられて城へと向かった。
 城へつくなり、おそろしく顔のいい男が私の目の前に立ちふさがった。上から下まで値踏みするかのようだ。年のころは、二十代後半。髪色はこの国では珍しくもない銀髪だが、見たこともないほど綺麗でつやつやしている。それを肩まで長く伸ばし、切りそろえてある。顔立ちは名工が作成した美術品のように整っている。視力が悪いのかフレームのないめがねをかけている。それが、知的な雰囲気をより強めていた。オフホワイトのマントは文官のなかでも上位を占めるものだけが許される服装だ。そんなマントを優雅に肩からかけているのだから、この人は優秀な文官っていうことなのだろう。

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