「内親王殿下、おかえりなさいませ。湯の準備が整っております。こちらへどうぞ」
 端正な唇から出てきた台詞は「汚いから、風呂に浸かれ」(ルシーダ的解釈)
 ひどい。これでも毎日お風呂に入ってるのよ。
「あの、あなたは……」
 私は、広い廊下を歩きながら、前方を歩く銀髪美丈夫さん声をかけた。名前を知ってちょっと友好度を上げておくのは悪いことじゃない。しかも、こんないい男と知り合いに慣れるなら、内親王なんてのが間違いだったとしても嬉しい。
「ライアと申します」
「よろしくおねがいします、ライアさん」
 前方を歩いていたライアは足を止めて、私のほうへ振り返った。
「ライアと呼び捨てで結構です。今日からあなたの補佐、および教育係でございますから」
 それって、内親王直属ってこと?
「こちらが湯殿です。ごゆっくり。侍女がお召し物を用意しております。終わった頃に、またお迎えにあがります」
 さ、どうぞ。なんていわれて白く塗られて、金色の細かい飾りのついた扉をライアが開けてくれた。中に入ると、自分の住んでいた部屋が丸ごと入ってしまいそうな広い脱衣室だった。綺麗な絵の描かれた衝立が何枚かおいてあり、並べてある調度品はどれも高級そう。オフホワイトで揃えられているので、清潔感が漂う。五人ものそば仕えの人たちが、頭を下げて私に挨拶をした。
「こちらでお召し物をお預かりいたします」
 そのうちの一人、リーダー格の女性が衝立の裏に私を招きいれる。彼女はとびきりの美人で、大輪の花の様な雰囲気だ。出るところはでていて、ひっこんでいるところは引っ込んでいる体型をしていた。ほかの人は白と黒を基調にした飾りのついていないワンピース姿なのだが、この人だけは同じ黒と白基調でも、白いフリルのあしらわれたブラウスに袖口はレースがついていて、黒のパンツスタイルだった。大ぶりのターコイズのピアスを両耳にしている。
「私は、殿下お付の侍女兼、護衛をするものでございますわ。ミシェーラとお呼びください」
「よ……よろしくミシェーラさん」
 声はちょっと低めだった。だけど、それが頼りになるしっかりものの美人という印象をさらに強める。私もそういう人に慣れたらいいなぁ。
 ミシェーラさんは背も高くて迫力がある。均整の取れた体は、武術によるものかもしれない。
 そば仕えの人たちが、私の服を脱がそうと寄ってくる。人に手伝われながら服を脱ぐというのは変な感じだ。私は自分で脱げるからと、手伝ってくれるのを断った。ミシェーラさんは、最初驚いたようだったけれどすぐに、私の好きなようにさせてくれた。
 だって、私は庶民出身だもの。服を脱ぐときにソレを手伝ってくれる人がいたのは、まだ、自分でそういうことができない幼い年齢の頃まで。自分で服を脱げるようになったら一人で服の脱ぎ着だってした。手伝う人が必要な凝ったつくりの服を着ることもなかったし。
 ミシェーラさんに案内されて、私は湯殿に入った。ガラスの扉を開けるとあまりの広さに絶句した。
 どうしよう、ここで生活できそう。
 我が家の二つ分以上ありそうな空間に、大きな湯船が二つある。ここは砂漠の真ん中のはずなのにどうやっているのか緑が生い茂っているし。しかも、ソレは雑草ではなくて観賞用に手を入れられたものだ。さしずめ人工のオアシスといったところだろう。
「ここは、ルシーダ殿下専用の湯殿でございますから、どうぞごゆっくり」
 ガラスの扉越しにミシェーラさんがいう。
 こ、この広い湯殿が私専用?!
 あ、ありえない。
 私は湯船に近づいて、そっと右足を差し入れた。湯加減はちょうどいいみたいだ。ちょうど湯船の反対側に石のライオンが口から湯を吐き出している。
 私はゆっくりと湯船に入った。ここだけみたら、まるで楽園みたいだ。
 私は丁寧に作りこまれている観賞用植物たちを見つめながら思った。

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