その無礼な手を、ルシーダ殿下からお放しください、アラニカ卿」
聞きなれた声が部屋の入り口から聞こえた。救いの神だ、といわんばかりに私がそちらに視線を向けると、ミシェーラが仁王立ちでセイをにらみつけている。
こ、怖い。
「ちょっと目を放した隙にコレですからね。アラニカ卿、あなたの女性遍歴に対し私はどんな感情も持ち合わせませんが、ルシーダ殿下をその戦歴に書き加えるのだけはおやめくださいませ。もし、そんな不幸なことをルシーダ殿下にさせようものなら、私、自分の実力で持ってあなたを徹底的に叩き潰しにかかってやりますわ」
「フフフ、ミシェーラそんなに怒ると、綺麗な顔が台無しだよ。僕はただ挨拶をしただけだから」
「ほう、挨拶ですか。あなたの挨拶というのは、女性の手に触れ、ましてや指先でなで上げることを言うのですか。意味深に見つめたりして、純粋なルシーダ殿下にそのような毒牙にかけるまねやめていただけませんか。ルシーダ殿下が汚されてしまいます」
どうしよう、ミシェーラって怒ると怒りの行進曲を奏ではじめるみたい。しゃべりだしたらとまらない、クライマックスまで一気に弾き語るつもりかしら。
「僕、こう見えても六貴族の一人だよ? 言いたいことを言って、立場が悪くなるとか思わないの?」
言っていることは脅しだけれど、セイはとても楽しそうにミシェーラに問いかけている。容貌は天使のように美しいのに、悪魔みたいに意地悪な人だ。
「はっ、なにが六貴族ですか。あなたは、この宮廷では私より地位が低いことをお忘れなく。アラニカ卿(父親)に申し上げてもよろしいのですよ。ご子息が、ルシーダ殿下を手篭めにしようとしていたと。アラニカ卿(父親)はあなたの正妻として、正式にルシーダ殿下を迎えたいに違いないのに、あなたが勝手に手をかけたとなると激怒するのではなくて? ただでさえ、ルシーダ殿下の花婿争いは競争率が高いというのに」
すごい、よくそこまでぽんぽんと回る口だ。いや、舌か。あれ、でもちょっとまってよ、なんか不穏当なこと言ってなかったっけ?
『ルシーダ殿下の花婿争い』
そうだ、そんなこといっていたぞ。
「ね、もう、ちょっと二人ともいい加減にして」
どちらかというと、ミシェーラ黙って。
私がそういうと、セイはくすっと笑う。まだ、手を離してもらってなかったので振り払ってミシェーラのほうを向いた。
「ね、さっき花婿争いっていってたんだけど、なんのこと?」
「ルシーダ殿下は現国王の第一子。王太子は弟君が擁立されておりますので、有力貴族への輿入れというのが伝統です」
「候補って何人ぐらい?」
「六貴族全員といいたいところですけど、年齢などもろもろの理由で候補は四名程度です。このアラニカ卿も候補の一人ですよ」
私は呆然としながらミシェーラの顔とセイの顔を見比べる。
「そういうこと、よろしくね、ルシーダ殿下」
ぜんぜん敬ってない、むしろからかわれているような軽い口調でセイはいうと、私の髪の毛をひと房つかんで唇を寄せた。私は言葉にならない悲鳴を上げて、とっさに後ろに下がるとセイは企んでるような微笑を浮かべて、部屋から出て行った。
絶対あの背中には黒い羽が生えていると思うんだけれど。

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