冷月下将軍

「セイ・アルニカってどんな人なの?」
 去っていった後姿が見えなくなってから、私はミシェーラに問いかけた。
「アルニカ家は代々優秀な文官を輩出している家柄で知られています。父親は現在宰相であらせられます。彼は、アルニカ家の嫡男として期待を一身に背負ってはいるものの、出世に興味がないのか書記官どまりです。それでも、彼の家柄や容貌は魅力的ですから、美しい花々は競って彼の目に留まろうとしています。ああ、そうそうクラヴィの演奏は超一流といっていいほどですよ」
 クラヴィの演奏は超一流か……。だから、下手な私のクラヴィの演奏を聴いて、からかってみようという気になったんだろうな。そりゃ、すっごいうまい人が宮廷内にいるって言うのを知っていれば誰だってクラヴィを弾こうだなんて思わないよ。だって、自分が恥ずかしいじゃない。
 その恥ずかしいことを私はやってしまったのか……
 ええいっ気にしない。いまさらなんだ。
「興味がありますか?」
 ミシェーラがからかうような口調で私を見下ろす。ミシェーラは女性にしては背が高いほうな上に、ヒールのある編み上げブーツを履いているので、さらに背が高い。
「身近にいないタイプだから、珍しかっただけ。彼だって同じような理由でしょう」
 どうですかね? とミシェーラが首をかしげる。
「彼は、女の子が大好きですから」
「たらしさんか」
「ルシーダ殿下、剣術は得意ですか?」
「いや、あんまり。護身ぐらいはできると思うけど」
「ちょっと軽くやりましょうか。いい気分転換になりますよ」
 ミシェーラにつれられて城の庭に出てきた。高い城壁に囲まれたここは、北の塔への渡り廊下がある。
「ここは、割と人が少ないんですよ。すぶりするならここで」
 ミシェーラが武器庫からとってきた練習用の木刀を私に手渡す。渡されたのは小太刀だ。私が習ったのは錬金術師なら誰でもできる剣舞と呼ばれるものだから、小太刀をそれぞれ両手に一本ずつ持って舞うように攻防を行う剣術だ。儀式的な要素が強くて、小太刀の柄の部分に色とりどりの紐を巻きつけて、剣舞を行うと綺麗に紐が舞い上がる。それを利用した神にささげる踊りもたくさんあるのが特徴だ。
 剣舞と錬金術どちらが得意か、といわれたらかろうじて「剣舞」と答えられるぐらい落ちこぼれだった。落ちこぼれというか教科書どおりしか作れないというか。友人にとても優れた錬金術師がいたので余計にそう感じるのかもしれないけれど。
 そういえば、彼女はどうしてるかな。
 私はミシェーラと剣を合わせる。ミシェーラは長剣を手にしている。なんか、やっぱりかっこよくてさまになる。
 一回、二回と剣を打ち合わせるが、ミシェーラの方が腕が上なので簡単に私の攻撃など防がれてしまう。逆にミシェーラが攻めてくると、私は両方の剣で防御をするのがやっとだ。剣舞の長所は早い打ち込みと、手数の多さなんだけれど、スピードではミシェーラに負け、手数多くしても全部防がれているという、私のいいところはまったくない。
 ミシェーラが大きく振りかぶってきたので、私はそれを受けようと右手の小太刀を頭上に持っていく。思っていた以上に重さがかかり、しかもミシェーラはひねるように打ち込んできたので、右手に握っていた小太刀が手から離れる。私はそれを拾おうとはしないで、一歩後ろに下がって左手で握る小太刀を前に出そうとしたとき、すぐに下段からミシェーラの剣が襲ってくる。あまりの速さに受け止める体制ができないままミシェーラの剣を受けることになり、衝撃で私は視界が宙に舞った。尻から地面に落ちた私は、顔を上げると得意げなミシェーラに剣先を突きつけられていた。
 やっぱり、護衛をするだけあってめちゃくちゃ強いみたいだ。
「合格点です、とはいいませんが基本はできていますのでこれから強くなりますよ」
「それが合格点だったら、俺はお前の目を疑うよ」

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