なんだか頭上から偉そうな男の低めの声がする。私が逆方向を見上げると、ミシェーラと対峙するように一人の男が仁王立ちで立っている。
 本当に、偉そうだな。
 年齢は私と同じ年ぐらいだろうか。セイと同じぐらいかも。
 私は立ち上がってぽんぽん、と尻についた泥をはたくと男の顔を見上げた。
 長身で、均整の取れた体つき。服の飾りは簡素だけれど、生地はものすごく上等そうだ。よろいを身に着けているところを見ると軍人の偉い人ってことかな。
「ナトゥラム閣下……珍しいですね。こんなところで」
「そいつが、ルシーダ内親王殿下か。……ふーん」
 ナトゥラムと呼ばれた男は、私のことを上から下までまるで、値踏みするようにじっくりと見つめる。なめるような視線は本当に恥ずかしい。私はたまらなくなって顔を背ける。
「色気ないな」
 な……っ
「失礼ね! あなた、偉そうだけど何様のつもり?! そういうこと女性に言ってはいけないって習わなかった?!」
「見たままの感想を言ったまでだよ。なんなら、こうしたほうがよかったかな」
 ナトゥラムは私の右手をとるとひざまづいて、軽く手の甲にキスをした。私は手の甲の柔らかい感触に驚いて悲鳴を上げながら手を振り解いて、後ろに下がる。
「いきなり、なにするのよ!」
「淑女に対する正式な挨拶だけど。レディ?」
 にやにや人の悪そうな笑顔を浮かべながら男は答える。よくみると、漆黒の夜空のような髪色に、同じ色の瞳、切れ長の瞳がエキゾチックな美丈夫の男だ。
「普通に挨拶すればいいでしょっ」
「普通に扱ってるじゃないか」
「どこがよ」
 キ〜〜〜〜〜っ
 なんかこいつの言い方、やっぱりムカツク〜〜〜〜〜〜っ
「ハイハイ、ナトゥラム閣下もそのくらいにしてあげてください。ルシーダ殿下は純粋なんですから」
 私がおもちゃにされているのに見かねたのか、ミシェーラが仲裁に入ってくれる。とはいっても顔は笑っているので、この状況を楽しんでいるようだ。
「純粋、というか、単純だな」
「一言多い!」
 なんなんだ、コイツ。
「紹介します。ナトゥラム・ミュリアティカム閣下です。六貴族の一人、ミュリアティカム家の嫡男で、宮廷では冷月下将軍と呼ばれるほどの猛者なんですよ。私のいた部隊の部隊長です」
「へぇ。ミシャーラが強いって言うんだから、きっとものすごく強いんだろうね」
「なんだったら暇なときに、鍛えてやってもいいぞ」
 なんだ、いいとこあるじゃないか。
「やめておいたほうがいいですよ。殿下。ナトゥラム閣下は厳しいと有名ですから」
 前言撤回。やっぱりやな奴!!
「ところで、パルサティラはみなかったか?」
「パルサティラ閣下は今日は見かけてませんけど。どうかなされましたか?」
「あのお気楽極楽魔術師め。今度の狩猟祭に俺の部隊とチームを組みたいといってきやがった」
「いいじゃないですか、楽しそうで」
「部隊編成する身にもなってみろ。あの魔術師の配下の者たちはそろいもそろって非常識な奴ばっかりだからな」
「わかりました。パルサティラ閣下を見かけたらお伝えしておきます」
「悪いな、頼むぜ」
 私に対して敬礼をするとナトゥラムは悠然と去って行った。
「どうかしたんですか?」
 ミシェーラはじっと見つめている私が気になったのだろう。軽く問いかけてきた。
「うん……身分が違うともっと堅苦しくなっているものだと思っていたから。ミシェーラは、アルニカ卿やミュリアティカム卿とも親しそうだったから」
 あの厳格そうな父と母がそんな気さくなやり取りを臣下のものとやってるとは思えないし。
「殿下、慣れないのは分かりますけど、臣下の者はすべて名前呼び捨てでかまいませんよ。さすがに、国王陛下の前ではこうはいきませんけど、ナトゥラム閣下やアルニカ卿は歳も近いですし、細かいことにはこだわらない方なんで好きなようにさせてもらってます」
「ふーん……そっか。それはいいことだよね」

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