菓子の思い出

「その調子で。背筋を伸ばす! ミスをしてもヘラヘラ笑わない」
 ライアって鬼教師だ。
 私は、いま自分の部屋でライアに歩き方を教わっている。『内親王として申し分ない歩き方』とやらを勉強中。ライアは上流階級は上品に歩かなければいけません、と目くじらを立てているので大またで歩くのは絶対禁止だ。優雅に、まるで花が咲き誇っているかのように美しく歩く、らしいのだけれど案外これが難しい。長いスカート着用だから裾を踏んずけそうで怖いのだけれど、下ばかり向いてもいられない。一時間近く部屋を往復しているのだけれど、よくなっているのか悪くなっているのかライアの表情から察することはできない。
 腿が痛い。普段使わない筋肉を酷使してるからだ。
「ライア、そろそろ休憩にしませんか?」
 話し方もライアによって矯正された。
「いいでしょう。ついでにお茶の飲み方のマナーの勉強をしましょう」
 ……ここでも勉強か。
 ライアに教わったとおりに上品に見えるようにいすに座る。足を組むなんてもってのほか。こういう細かいところもライアはチェックしているから要注意だ。
 ライアが白磁のポットから同じ白磁のカップへお茶を注ぐといい匂いが部屋中に広がる。
 カップを右手で取ると、ライアから違います! とストップが入る。
「ティーソーサーごと左手で取り、それからカップを右手で持つんです。やりなおし」
 私はカップを戻して、左手でカップのそこに敷かれているソーサーを左手でつかんでカップごともちあげる。ゆっくり自分のほうへ持ってきて、右手でカップのもち手に指をかけて口元へと運んだ。一口飲んで、ソーサーにカップを戻す。
「合格点です。そのようにして飲めば、美しく飲めます。いいですか、ルシーダ殿下はルミーネ様に似て線の細い容姿の方です。その特性を生かさない手はありません。折れそうなほどか弱そうに見えてだけれどもたおやかな女性、それを目指すのです」
 なんか、ライアの目がマジで燃えてるんだけど。
 そっか、私は母親似なのか。
 まあ、確かに筋肉隆々威風堂々とした父親と似てる、といわれたらちょっと困ってしまうけれど母親になら喜ぶべきなのかな。だけど、ルミーネ様の顔は知らないし。
 義母上はそれは美人だったから、同じようなタイプの女性が好きなタイプの男ならやっぱりルミーネ様も美人だったんだろう。
 ……私は、美人じゃないけどね。
「ね、ライア。私は、国王様のことを『父上』、王妃様のことを『母上』とお呼びしてもいいのかな」
「礼儀上、王太子に立てられない限り、いくら内親王殿下とはいえ国王陛下のことを『父上』と呼ぶことはかないません。臣下として扱われるからです。妃殿下の場合は『母上』とお呼びしてもかまわないでしょうが……義理の母上でいらっしゃいますからね……たぶん、『母上』とお呼びしていいと思います。母と呼ばれるのがいやであれば妃殿下からお話もありましょう」
「弟は?」
「サーデライン殿下に対しても同じです。『殿下』と敬称で呼ばなければなりません」
 私は頷いた。意外と王族って面倒なことが多いみたいだ。
「親子らしい親子じゃないよね」
 私は面会したときのことを思い出した。もうあれから三日たっているけれど、まだはっきりと覚えている。陛下も、母上もちょっと迷惑そうな顔で私のことを出迎えた。あの預言のことがなければこんなに早く呼び戻さなかったんだろう。私は成人するまであと三年あるけれど、その三年の間に国の存亡をかけた戦いが起きるらしい。
 勝つために、呼び戻したんだ。

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