それは分かっているけれどあのよそよそしさは何だろう。本当に、生き別れ状態になっていた親子の対面とは思えなかった。上流になればなるほど人前で感情を表さないのが礼儀らしいのだけれど、だからって私室での再会にあそこまで無感動になれるのだろうか。
「陛下も、妃殿下も戸惑っておいでなのでしょう。サーデライン殿下に対してもあのように感情を表に出さないことが多いですのでさほど差があるようには見えません」
「そっか、そうだといいんだけど」
 長く住めば、違和感はなくなるだろうか。
 温かい家庭って言うのを期待していたわけではないけど、育ててくれたボリジ夫婦の方が普通の温かみを感じる家だった。突然事故で亡くなったりしなければ、私はあのままボリジ家に貰われたまま成人を迎えていたのだろうか。
 過去の仮定なんて無意味なことだってわかってはいるんだけれど、どうしても考えずにはいられない。
「殿下の趣味はなんですか?」
 私が少し元気がないことをライアは察したのだろう。話題を変える。
「……お菓子作り」
「厨房で作ってみますか?」
 ああ、私、気を遣わせちゃったみたいだ。ちょっと気分が下降気味なのだってライアの所為じゃないのに。
「もし、都合がつけば久しぶりに作ってみたいです」
「それでは、ついてきてください」
 お城の厨房は全部で三つ。たった三つだけでお城のスタッフ全員分の昼食が用意されてしまうのだ。お城で仕える人の中には通いの人や、詰め所で別にご飯を用意しているところもあったりするので朝と夜は城内で住居を与えられている人以外は食べることはない。
 私はもちろんだけれど、ミシェーラやライアは確実に三食全部、城内の厨房でまかなわれている。六貴族のセイやナトゥラムは通いでの仕事なので、王都にある別宅へと帰る。それぞれ、各地方に領地があるからたまの休みには里帰りもするらしい。
 そんな感じだから、絶対厨房は忙しくて私の要望は通らないだろうと思ったけれど三つの厨房で交代で食事を作っているので、食事の支度をしていない厨房であれば自由に使ってもいいといわれた。
 厨房での火加減は全部魔法による制御だ。厨房の料理人は、料理の腕のほかに火の魔法を扱える人が多い。蒔きなどもくべるけれど、それは火の維持のための補助的要素で火を起こすのも火加減の調整も全部魔法で行っていた。大体、蒔きをくべると煙が出る。煙をそとへ逃がすための整備はちゃんとされているけれどそれでも煙たいから、蒔きは最小限の利用だけだ。
 お菓子作りが趣味、という私も火の魔法だったら料理するには不便にならない程度操ることができる。
 まずは、材料の計量からだ。型はケーキ用の丸型を借りた。この大きさだったら卵は三個ぐらいかな。
 私は食糧貯蔵庫から卵を三個小さなかごに入れてとってきた。小麦粉は厨房内の棚の中に大きな袋ごと並んでいるので、空いている袋から計量カップをつかって小麦粉をわけ取る。砂糖は砂糖つぼの中から計量カップで掬い上げて、あとは……バターだ。バターは厨房内の氷庫室の中にあるから、バターナイフで切り分けた。
 それぞれを計りに載せて、重さをきちんと量る。小麦粉はもちろん篩ってからはかりで計るほうが正確に測れる。
 次は、湯煎用のなべを用意しなくちゃ。ボールよりも一回り小さいなべに水を入れて、火にかける。コンロの上に水を入れたなべを置いて、火の口部分に左手の人差し指を近づけて軽く二回指を振った。ぼっと言う音と共に火がついた。

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