さすがに王宮の厨房は火がつけやすい。魔法の維持するのも楽になってるし。なんかそういう維持を助ける魔法道具がコンロの中に埋め込まれているのかもしれない。水が温まるまでの間に私は卵を割りいれて、泡だて器で軽くあわ立てる。火にかけているなべの中に手を入れてみるとちょうどいい温度のようだ。三十度ぐらいかな。指の先がじんわりと温まってくる。
 卵の入ったボールを湯煎にかけてさらに卵をあわ立てる。ここからは、卵をきっちりと泡立てないといけないので、とても力が要る。私はずるをして、魔法で泡だて器を動かすことにしている。よかった、物体動作の魔法も使えて。こういうとき、中途半端に魔法の性質があることに感謝する。三回に分けてお砂糖を入れながら、卵の液が三十度になるまでかき混ぜる。
「結構上手なものですね」
 様子を見に来たライアが魔法を使って卵をあわ立てているのをみて、感心したようにつぶやく。
「ライアはこういう魔法の使い方はしないの?」
「私の場合は、破壊のほうに魔力が偏ってますので動かすのは苦手です。もっとも魔法の得意な人に言わせたら、破壊も操作も同じようなものだと豪語してますけれど」
「私は、魔法を習ったほうがいいのかな……?」
「ゆくゆくは習うべきですね。まずは礼儀作法ですよ」
 はーい、と私は弱々しく返事をして卵液の温度を確かめた。指がじわっと温まるぐらいだからちょうどいいかも。指先についた、ちょっとべたつく卵液を私は布巾でふき取った。そして、台の上に付近を敷いてその上に卵液の入っているボールを載せる。今度は卵液が冷えるまでずっと泡立てるのだ。そうすると白くもったりしたきめの細かい卵液ができる。
「殿下は、ケーキの焼き方はどこで習われたのですか?」
「育ての母から。ボリジ夫婦は貴族といっても貧乏貴族だったから自由民の子達と変わらない生活を私はしていました」
 町の子達と遊んで泥だらけになって帰ってきた私に、焼きあがったケーキをお皿に乗せて渡してくれた母。真っ赤な夕焼けと、焼きたてのケーキの甘い匂いと一緒に思い出せる小さい頃の記憶。
「焼いてくれたケーキはとってもおいしくて、いつか、私も誰かに喜んでもらえたら、って」
 ケーキを一口くちにほおばったときの甘い味は幸せの味だった。やがて、騎士団に勤めていた父が帰ってきて、三人で夕食を食べた。私が学校に通うようになって帰宅が遅くなっていつもケーキを食べることはなくなっても、休日には必ずケーキが用意されていた。それは、ずっと続くものだと思っていた。
「それでは、僭越ながら私が殿下の焼いてくださったケーキの試食者第一号、ということはいかがですか?」
 私は、不意打ちを食らって泣き出しそうだった。唇をかみ締めて泣きそうなのをライアに気がつかれないように声が震えないように気をつけながら言葉を吐き出した。
「ありがとう」
 本当は、両親にも友達にも食べさせたことがあるから正確には第一号じゃないけれど、この王宮で自分の出自が分かってから焼いたケーキを食べてくれるのはライアが第一号だ。

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