突然私の背後から声が聞こえたかと思うと、力強い腕が私の肩を抱きしめて拘束する。
「ひゃうっっ」
私はびっくりして手に持っていたケーキを手から離した。
あ、床に落ちる。
ケーキが落ちていくのがやけにゆっくりに感じているのに、私は途中で拾うこともできない。体がついていかないのだ。
「おっと……危ないなぁ」
私を拘束している腕ではない、違う誰かが私が床に落とそうとしていたケーキを落ちる前に受け止めてくれた。
とりあえずほっとして、私は首を少し後ろに回して抱きついている主を確認した。
「アラニカ……」
私はあきれながら、抱きついている人の名前をつぶやいた。天才クラヴィ奏者が満面の笑みを浮かべて私の肩にぎゅっと抱きついているのだ。
「なんで突然抱きついてくるのよ!」
「だって、なんだか抱き心地よさそうだったんだもの。ダメだった?」
不思議そうに小首をかしげる姿は、とても可愛い。男の子に可愛いって言うのもおかしいけれど、儚そうに見えるその容姿とかしげるしぐさはとてもあっている。相乗効果でなんだか私のほほが熱くなってきた。
ダメじゃない、っていいそうになるけれど、コレは単にからかわれているだけなんだからちゃんと言い聞かさなくっちゃ。
「ダメ」
「ちぇーっつまんないの」
あなたは、おもちゃを求める幼児ですか!
「このケーキってあなたが焼いたの?」
声のしたほうに目を向ければ、私より十センチほど背の高い小柄な男の子が私が落としそうになったケーキ皿を手にして目を輝かせて、ケーキを見つめていた。
私より年下なのかな?
でも、着ている服は上等そうだし、もしかしなくても左手の人差し指につけている指輪は貴族の家紋入り指輪だ。
「そうです。さっき厨房で」
「すごーいっ。ね、ね、僕も食べたいなぁ」
顔をきらきら輝かせて、私の顔を覗き込むように上目遣いで聞いてくるのなんて、反則だ。はい、と頷きそうになって私はライアに振り返った。だって、一応私はライアと勉強の途中なんだから。
「少しの間だけですよ。殿下」
その言葉に喜んだのは、私よりもケーキが食べたいといった男の子だ。飛び上がりそうなほど喜んでいる。無邪気だなぁ。
「僕もご相伴に預かろうかな」
さすがに、この状況でセイだけ仲間はずれというわけにもいかないから、私は鷹揚に頷いた。
「ところで、アラニカ卿。いつまで殿下に触っているつもりですかっ」
ギロっとセイをにらみ付けるライアの顔は、般若のように怖い。美形を怒らせると迫力があるなぁ。セイの左手が私の肩に乗せたままだったので、私が右手でそれを払うと素直に手を引いてくれた。さすがにライアの顔が怖かったからかな。
私たちは、並んで私の私室へと向かった。
「ね、殿下って呼ばれているってことは、もしかして、ルシーダ内親王殿下?」
私の右隣にはケーキを受け止めてくれた男の子が歩いている。彼が質問してきたのだ。
私が内親王として引き取られるというのは城内では当たり前のこととして知っているのだろうか。なぜかみんな私の名前を知っている。
私が頷くと、男の子は礼儀正しく一礼する。
「僕は、パルサティラ・ルゥストックス。魔術師団にいるんだ。よろしくね」
パルサティラ……そういえば、どっかできいたことのある名前だ……。
あ、あのナトゥラムが探していた、お気楽極楽魔術師!!
私は、にこにこ無邪気に笑うパルサティラを頭の上からつま先まで視線を移動させる。
お気楽極楽そうっ
「パルサティラ閣下は魔術師団にいる、なんて謙遜してますが、六貴族の一人ルゥストックス家の嫡男で、第一魔術師団の師団長です」
何も知らない私にライアがこっそり教えてくれる。
この人が、魔術師団師団長……!?
奥が深い。
「六貴族だから、僕と同じようにルシーダ殿下の花婿候補だよ」
語尾にハートマークがついていそうな、からかいを含んだ浮かれ口調でセイが追加する。
「そんなこといったら、ナトゥラムだって候補じゃないか」
え、
え……?
ええ〜〜〜〜〜〜〜っ
あの、高慢ちきな男も花婿候補!?
「……やってらんない……」
私は思わずため息をついてつぶやいた。