名を呼ぶ

 パーティ当日は、まず王族専用の控え室で入場まで時間をつぶすことになる。私は今日のために新調してもらったヌードグロー色のドレスを着ている。細かい花柄の生地で作られたロングスカートで、首から手首まで薄い布地で覆われている。その上に同じように薄い布でつくられた、葉の模様の入ったストールをかけている。長い髪の毛は結い上げていて、頭をすっぽり隠すようにベールをかけている。ベールにも花の模様が刺繍されていて、とても手が込んでいる。
 靴だっていつもの編み上げブーツではなくて、今日のために用意したつま先とかかとに模様の入ったブーツだ。たくさん飾りのついたイヤリングに、同じデザインのペンダンド。私は今までないほど着飾っていた。
 控え室で初めて、弟と会った。
 弟は母似だと思った。十六歳、といっていたから私と一個違いなのだけれど、繊細な容貌で髪の毛はライトブロンド。透き通るような肌の白さが焼けた肌の多いこの国で珍しかった。空を映したような瞳の色は好奇心にきらきらと輝いていて、私がそれまで聞いていた評判の「凡庸な灰色王子」というのを打ち消される。バカで変人だって聞いたけれど、頭がよさそうに見える。
「はじめまして、姉上」
 話し方まで頭がよさそうだ。優雅に一礼して私を見つめる。
 生まれながらの王子様、というのかな、私はまるで一枚の絵のようにさまになって見えた。
「こちらこそ、はじめましてサーデライン殿下……」
 私は、ライアが教えてくれた作法どおりに一礼した。そんな仰々しい態度にサーデラインはくすっと笑う。
「殿下、だなんて堅苦しいことはやめてよ?」
「でも」
 私が反論しようとするのを、サーデラインは私の口の前に右手人差し指を持ってきてさえぎる。
「僕がいいって言うから、良いんだよ」
「……わかりました……サーデライン……様」
 ま、様がつくのは仕方ないかなぁ。とサーデラインは嘆息した。
 ああ、なるほど。確かにパルサティラが言っていた事にあってる。
『彼は変人だよ』
 大体、貴族って言うと人に尽くされるのが当たり前みたいなところがあるから、性格がゆがんでいるのを想像していたのだけれど、なんでだろう、サーデラインはかなり気さくだ。あの厳格な陛下と母上に育てられたのに。
 控え室の扉がノックされる。サーデラインが返事をすると入ってきたのはエスコートを頼んでいたセイだった。
「姉上のエスコートをお前がぁ?」
 入ってくるなりサーデラインは胡散臭そうな目でセイをみつめる。
「直にご指名だよ。人徳ってことかな」
「お前に人徳があったら、僕は聖人だね」
 サーデラインとセイは仲がいいのか丁々発止のやりとりをしている。
「姉上、こいつのうわさ知ってるの?」
「うわさって……?」
 私はあまり城内に知り合いもいないので人の評判は全部ライアを通して知らされている。あんまりおかしなうわさは聞かないんだけれど。
「こいつ、すっごい女好きだから気をつけたほうがいい」
「失礼だなぁ。未来のお兄様に向かって」
「誰が、お前を兄なんかと呼ぶか!」
 顔を真っ赤にして反論しているサーデラインの表情にセイはくすくす笑う。ほんと、人をからかうのが好きなんだから。
「その、私の花婿候補って言うのは……あきらめないの?」
 こんなにかっこいい人が私に興味を持つわけはないし、この王族としての生活にも慣れていないのにいきなり、結婚といわれても実感がわかない。
 私の結婚には過分に政治効果を狙ってのことだから、本人の気持ちなんてどうでもいいと思われているのだろう。厄介なことにならないうちにどこぞの有力貴族と娶わせてしまえというのが両親の考えだろう。そして、六貴族側にしてみれば王家と姻戚関係を結べるチャンスだ。セイだって、出世が遅いといわれているけれど政治のセンスが皆無なわけではないだろう。とりあえず私を正妻にして、好きな女性を愛人にするぐらいは考えているに違いない。
 もちろん、そうやって考えているのを前提として私は貴族たちの中から、セイを選んだのだ。アラニカ家は現在、当主が宰相をしている。貴族たちの力関係を均衡に保つのであれば、今回私の寵愛を受けていると見られる可能性があるので、本来であればセイは選択肢から真っ先に除外しなければならない。宰相家にますます権力をつけてしまうからだ。だが、面白いことにセイは宰相の家の生まれ、しかも嫡男だというのに六貴族にしては遅い昇進。であれば、他の誰と行くよりもセイを選んでおいたほうが六貴族たちの力関係は均衡のままだ。

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