「……下っ……ねぇ、ルシーダ殿下ってば」
「わっな、なによ。いきなり」
 気がつけば、セイが顔を近づけて私を呼んでいる。
 距離が近すぎるので私は、一歩後ろに下がったのだがセイもその距離を詰めてくる。
「いきなり、じゃないよ。さっきから呼んでるのに。……シーヴィアに見惚れてたの?」
 み、み、見惚れる?!
「え、そんなんじゃないってっ」
 ううっ……どんどん顔が熱くなってく。心臓だったバクバク言ってるし。そりゃ、確かにシーヴィアをみてかっこいいな、とは思ったけど。しかも、なんかセイったらそんな綺麗な顔を近づけてきたら私、どうしたらいいのか……。
「ふーん……」
 セイはわずかに目を細めて、口を少し尖らせる。
 もしかして、不機嫌?
 ああ、そっか。みんなから注目されてないと嫌なんだな。わがままな子供みたいな人だ。
「セイ、ほら、誰か呼んでいるようだよ」
 セイの背後で育ちのよさそうな女の子が可愛い声でセイの名前を呼んでいる。女の子の顔は笑顔なんだけど引きつっているようにもみえる。セイはため息をつきながら振り返るが、なぜか私の手まで掴んで自分のほうに引き寄せる。私は、その手を離そうと必死に手を振って解こうとするのだけれど、しっかり握られていて離れない。
「何か用?」
 セイはみるからに不機嫌そうに答える。女の子は、泣きそうな表情で『ごきげんよう』とお決まりの挨拶をしている。
「悪いけど、ダンスの相手はできないよ。今日はルシーダ殿下のものだから」
 ……は?
 私は振り解こうとしていた手を止めてセイを見つめた。
 この人、なにいいました?
「あ、あのでも一曲だけで……」
「ルシーダ内親王殿下、ここは少し熱いみたいですね。外へ行きましょうか。星が綺麗ですよ」
 どっから出してる声だ、セイ。
 なんだか妙に甘い声を出して、私の手を引いて無理やりバルコニーへと連れて行かれる。美形さんは美形さんなりに気苦労というものがあるようだ。誘う手数多だったら、いちいち相手を決めなくて楽かもしれないけれど、相手をしたくないとき断るのが大変そうだ。
 広間にある窓にはすべてバルコニーがある。私たちはそのうちのひとつへと足を運んだ。
 手すりに手をついて、ふうと一息ついているセイをみて私は苦笑した。なに? といいたそうな顔をしてセイは私のほうに振り返った。
「大変だなと思って」
「普通、内親王殿下のパートナーだったら恐れ多くて誰も声をかけないのが常識なんだよ」
 でも、私の時には遠慮なく女の子たちが囲んでいたけれど。
 ああ、そういうこと。舐められてるのね、私。
 いくら『帰還』という言葉で飾っても、付け焼刃の礼儀作法を実行しても、私が庶民出身だという事実は変わらない。人の口に戸は立てられないのだから、ここにいる尊い出身といわれている貴族様たちは、私の出身を知っているわけだ。だから、あんなことを。

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