「仕方ないね」
「仕方ない……?」
「うん。だって、私は庶民だもの。どんなに頑張ってもそれは変わらない。変わりたくもないと思ってる。上流には上流社会なりの礼儀や作法だってあるから、それは一員になった私は守るように努力するわ。でも、私が庶民だったことは絶対忘れない」
「変わってるね」
「変わってる?」
「楽しちゃえばいいのに。さっきの娘だって、君が内親王だっていうの知っていて話しかけたんだよ。君の一言であの娘は去っていくし、あの娘の家は罰則かな」
「知ってる」
セイは私の答えに、え? という表情をした。
「あの娘が私のことをバカにしていたのも知ってる。私が一言言えばあの娘が困った事態になることも知ってる」
「なんで、何もしないの?」
「あなたは、貴族の家に生まれ貴族の家で育ったから、人に仕えられることが当たり前だと思っているかもしれない。でも、私は違う。人に何かしてもらうのであれば、信じられる人間にならないといけない。敬われるには、それだけの何かをしないとしてもらえないの。……あの娘の反応は至極当然のことよ。私はどこの馬の骨とも分からない、突然現れた王家の娘。しかも自分の好きな人を横から取っていくように見えたら……敬えないでしょう。私はこの地位にふさわしい人間になって、身分だけじゃなくて人柄でも敬われる人になりたい。だから、庶民出身だったことは絶対忘れたくないの」
私はまっすぐセイの瞳を見つめた。私が言っていることはおかしい事かもしれない。でも、私がここに戻るということになったあの日から覚悟をしていた。
中性的なセイの容貌は、月の光に反射して普段より人形めいた美しさがある。今、その瞳がきゅっと細くなって珍しく声に出してセイは笑った。
「不思議だね。殿下は。もっと知りたくなっちゃった」
セイは私のほうへ踏み出して、少し私との距離を縮めた。夜風が私の頬をなでていく。
「今だけ、名前で呼んでもいい?」
私にしか聞こえない小さい声でセイはつぶやく。その表情に私は魅入られたように頭がぼうっとして黙って頷いた。
「ルシーダ」
びっくりするぐらい優しい声で囁かれて、私は声にならない悲鳴を上げた。