ダンスの相手

 私が顔を真っ赤にしてわたわた慌てていると、セイが意地悪そうな微笑を浮かべて、私を見つめている。私の反応を楽しんでいるんだとわかっているけれど、一度赤くなった顔はすぐには戻らないし、熱は勝手に上がるものだし。セイはさらに薄く笑って、なにか言葉を続けようとしたのだけれど、人がセイを呼びに来た。また、私をだしに断るのかと思ったら、違った。わかった、って急にまじめな表情で返事をして私に向き直った。
「しばらく御前を失礼します」
 あんなまじめな表情もできたんだ、っていうぐらいきりっとした表情で私に一礼すると部屋の反対側へと歩いていった。
 どうしたんだろう?
「何、ぼうっとバカそうな顔してるんだよ」
 背後からかかった、この尊大そうな声はナトゥラムだ。
「バ、馬鹿とはなによ!」
 私がナトゥラムに向かって言い返すために振り返ると、偉そうにたっているナトゥラムとその隣で私たちのやり取りを微笑ましそうに見ているシーヴィアがいた。
「元気そうでなによりです。殿下」
 シーヴィアにそんなこといわれて、私は恥ずかしくて顔が赤くなった。
 どうしよう、シーヴィアの前だと自然と心臓の鼓動が大きくなる。
「そんな……私、まだ、……言葉遣いが直らなくて、恥ずかしい限り……ですわ」
 私、ちゃんと話せてるだろうか。ドキドキして、何を言ってるのか分からなくなりそう。
「少しづつ覚えていけばよろしいかと存じます」
「はい」
 ああ、優しいわ〜。シーヴィアって。
 大人の魅力というのかな。私よりも年上だから、私みたいな粗忽者にも余裕を持った受け答えをしてくれる。その優しさが嬉しい。しかも、常識人みたいだし。
「ところで、シーヴィアは私に、なにか用ですか?」
 とっておきの余所行きの高くて綺麗な声を出すように心がける。
「用というほどのことではないのですが……」
 シーヴィアが何か言葉を続けようとしたとき、余所見をしていたナトゥラムが何かに気がついたようで、私に振り返ってシーヴィアの言葉をさえぎった。
「よければ、踊らないか。俺と」
「は?」
「次はワルツだ。初心者のお前でも踊りやすいだろう」
 ナトゥラムは私の返事など聞きもしないで、私の右手をとると広間の中央まで引っ張り出した。ナトゥラムの左手が私の腰に回りぐっと引き寄せられる。
 私の顔のすぐ近くにナトゥラムの眼の細いエキゾチックな顔がある。私が文句のひとつでも言ってやろうと口を開いたときに、弾むようなクラヴィの音が聞こえてワルツの演奏が始まった。
 広間の片隅に室内楽団がいるので、そこでの生演奏だ。木管楽器の温かみのある優雅な旋律に乗って私は渋々ナトゥラムとワルツを踊った。私はダンスに関しては初心者だ。でも、すごく踊りやすいのはナトゥラムがうまくリードしてくれているからだろう。
 なんだ。意外といいやつじゃないか。
「そうしていると、お嬢様に見えるな」
 耳元で囁く台詞はそれかいっ。
「ちょっとは褒めなさいよ」
「……馬子にも衣装だな」
「それ、褒め言葉じゃないって知ってる?」
「バカ、知ってるよ」
 ム、ムカツク〜〜〜〜〜っっ
 ああいえば、こういう。人目さえなければ、ステップ踏んでいる隙に脛ぐらいけってやるのに。やっぱり、ナトゥラムは容貌だけはかっこいいし、六貴族と言うこともあるから人の注目を浴びる。こんなところで、こいつをけり倒して私の「まじめな内親王」のイメージが壊れたら困るもんね。
 ここは、ひとつ我慢よ。ルシーダ!
 私は、あんまりない忍耐力を総動員してナトゥラムを蹴らないように心がけた。
 リズムに慣れてきたのか、安心して音楽が聴けるようになった。このワルツの曲は木管楽器が旋律を担当していて、クラヴィが伴奏部分を演奏している。時折、クラヴィの飾り音がきらきらと瞬く星のように速い速度で降り注ぎ、光が零れ落ちるような曲になっている。誰だろう、クラヴィを弾いているのは。
 私は視線を上げてナトゥラムを見上げると、真剣な表情で踊っている。黙っていればかっこいい奴なのに、しゃべると最悪だなんて救いようがない。
「なにみてるんだよ」

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