口を開いたとたん、これだ。
「別に、なんでもないわよ」
 なんだこいつ、と言いたそうな表情で私を見たが、曲の演奏が終わったためシーヴィアの待っているところまでナトゥラムがエスコートしてくれた。
「お上手ですね。殿下」
 シーヴィアが軽い拍手で出迎えてくれる。
「そんなことないですよ」
「バカ、お世辞だ」
 私が照れていると、ナトゥラムがその甘い気持ちをぶち壊すようなことを言ってくれる。ナトゥラムに言い返そうとしたところ、シーヴィアが深々と一礼して私に左手を差し出した。
「踊っていただけますか、殿下」
「はい」
 私ったら声がだいぶ高くなって答えていた。
 だって、シーヴィアみたいな人に礼儀正しくお辞儀までされてダンスに誘われたら断れないよ。シーヴィアにエスコートされて広間の中央まで歩いてくると、今度はカマーンチェという弦楽器が旋律を奏でているしっとりとした音楽に変わった。
 こ、これはっ
 さっきよりもパートナーと密着してゆっくりと踊る、俗に恋人同士で踊る愛の曲ではっ
 あれ……?
 そういえば、さっき、ナトゥラムがダンスに誘ったときに生演奏の楽団のほうをみていた。私の身長だとクラヴィの演奏者は見えないけれど、ナトゥラムの身長だったら十分演奏者が誰かみれたはずだ。
 もしかして、ナトゥラムはセイがこういう反応をするのを知っていて……!!
「ナトゥラム……」
「そろそろ部屋に戻るか?」
「え? は?」
 ナトゥラムは私が睨んでいるのに、全然気にした風もなく私の手をとると強く自分のほうへと引いた。ナトゥラムに引っ張られて、縺れるようにして歩き出した私はセイの方へと振り返った。
 怖い……。
 だって、笑ってるのに。微笑んでいるはずなのに。
 なんで私は責められているような気がするんだろう。
 私は、シーヴィアみたいな素敵な人と踊れるなら嬉しくて仕方がないけど、シーヴィアは私のような美人でもない人と踊ってもいいのだろうか。踊りたい人が他にいたりしないのかな。
 私がそっと視線をあげてシーヴィアをみつめると、何も言わずに私の目をみながら頷いて、私の腰を抱き寄せる。
 できれば、私と踊りたいからこうしてくれているのだ、と信じたいけれど、この人だって六貴族の一人。私と踊りたくなくたって、内親王とダンスを踊るという名誉の前では自分の好みなんて我慢しちゃうかもしれない。
 そういうことができるぐらい、シーヴィアは大人だし、政治を知っているはずだ。
 ……私って、嫌な子だ。
 いい方へ考えが行けば行くほど、悪いほうへの考え方が鮮明に思いつく。人の見方というのは一種類ではないから、いいことだとは思うけれどどれが自分の本当の気持ちなのか領らなくなりそうだ。
 だけれど、シーヴィアの体温を間近に感じて、心臟が破裂するんじゃないかというぐらい鼓動が高鳴る。シーヴィアは私の顔が紅いのは気がついているんだろうか。
 結局、曲が終わるまでシーヴィアと話をすることもなかった。シーヴィアの足を踏まないように、っていうのと近すぎて恥ずかしいというのの二つの考えが頭の中を占領していて他のことなんてとてもじゃないけど考えていられなかった。
 ナトゥラムのいるところまでシーヴィアがエスコートしてくれる。戻ってくればナトゥラムは相変わらず偉そうな態度で待っていた。
「ありがとう、シーヴィア。あなたのおかげで上手に踊れたもの」
「光栄です。殿下」
「甘やかすことはないぞ。シーヴィア」
 何様だって言うのよ。ナトゥラム。シーヴィアったら、すまなそうな顔をして私を見ている。

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