低音のよく響く声が私の背後から聞こえた。この偉そうな声はナトゥラムだ。
「卿の振る舞いは、とても王国貴族のものとは思えない。内親王殿下のご命令に従え」
「ちっ……ミュリアティカムか」
 フォスフォリカと呼ばれた男は、抑えていたネリーの手を離した。私は慌ててネリーへとかけよる。フォスフォリカはこちらを一度睨むようにみつめて、去っていった
 なんなのよ。あいつは。
「ネリー……」
「ルシーダ……殿下」
 ネリーは私の敬称をつけるのがまだ、違和感があるのか私の名前と敬称の間にわずかな間があった。しかも、ネリーの整った顔が笑いをこらえるように僅かにゆがんだ。
 そりゃ、昔から知っているネリーに『殿下』と呼ばれるのはなんだかこそばゆい。それと、同じなのかな。
「なんで、ネリーがここにいるの?」
 ネリーの名字はプチグレンだ。あの宮廷筆頭魔術師ラカシス・プチグレンの実の娘だ。彼女はどうも家族とうまくいっていないようで六貴族に次ぐ地位にあるといわれるほどの名門貴族でありながら家を飛び出して王都で錬金術師として生活をしていた。
 どんなことがあっても、極力、宮廷に近づかないようにしているほど、貴族という地位には未練がないようだった。
「それは……その。えっと」
 ネリーは私と目を合わせないように顔を背けた。嘘のつけない人みたいだ。
「……その格好と事情があるの?」
「ええ、まあ……そういうことになるかな」
「ここだと目立つから、ついてこい」
 ナトゥラムはなかなか話したがらないネリーに痺れを切らしたのか、紺色のマントを翻して月明かりに照らし出された回廊を歩き出した。
 やっぱ、偉そうだなこいつ!
 連れて行かれたのは、ナトゥラムの私室だった。思ったよりもすっきり片付いていて、私の部屋よりちょっとばかり狭い間取りだ。
「ここであれば、人に聞かれることもない」
「ルシーダ殿下、この方は信頼できる方ですか?」
 ネリーは部屋の主人であるナトゥラムをみながら言った。もし、ネリーが話そうとしていることが王宮スキャンダルになりそうなことであれば、人選に気を遣わないと大事になるだろう。ナトゥラムは武人だから曲がったことは嫌いで直情的なところがあるし、それに六貴族の一人でもあるので王宮スキャンダルという微妙な問題についても扱いなれているだろう。
 ただ、正義を貫くかどうかというのは確証はない。案外簡単にもみ消しちゃうんじゃないかな。
「信頼していいと思う。ナトゥラムは六貴族の一人よ」
「……実は、私、ある調査をしているの。……フェンネルでは麻薬の裏取引が盛んに行われていて、中毒被害にあう人が最近増えているようなんだ。その組織というのが……」
「麻薬取引の組織のメンバーに貴族や王族が含まれているのではないか、というやつだな」
 ナトゥラムの言葉にネリーが頷く。
 え? そんなヤバイことが起きてるわけ?
 麻薬って言ったら吸ったら廃人一直線の危ない坂を転がり落ちるのに。
「俺もそれは聞いたことがある。あくまで噂だけどな。もともと、王族や貴族が主催するパーティーというのは表向きはバカ騒ぎだけれど、本当の目的は誰にも聞かれたくない取引や商談を成立させるためのものなんだ。その場が麻薬取引に使われていてもおかしくはない」
 無知な私に丁寧に説明してくれるのは嬉しいけれど、見下ろして仁王立ちしながらの説明はやっぱり威圧的でムカツク。
「今日はそういった取引をしていないか探るために潜り込んだんだけれど」
「あの貴族のバカ息子に捕まったってわけか……」
 フォスフォリカをみると、『世間知らずの坊ちゃんが、何をやってる』と言いたくなってしまう。人の上に胡坐をかき、人に仕えて貰うのが当たり前という人種だろう。虫唾が走る。
「ただ、あのフォスフォリカって言う人、気になることを言っていたの。『クスリを使えばもっとよくなる』とか。なんともいえない甘っ怠い匂いが彼からしたから、アコナイトを吸引しているのかと思って調べようとしたんだけれど……その、『いくらだ』って言われて」
 そこで、私がみたネリーとフォスフォリカの争いにつながるのか。
「王都警備隊に話をしておこう」
 ナトゥラムがあごに手を置きながら言った。
「ナトゥラムってそんな知り合いまでいるの?」
「バーカ。王都警備隊の隊長は俺の部下だ」
「一言多い!」
「バカに馬鹿といって何が悪い馬鹿」
「き〜〜〜〜〜っやっぱムカツク〜〜〜〜っっ」

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