「彼女は優秀な錬金術師だと聞いているよ。……うん、わかった。僕に任しておいて。できる限りのことは手伝うよ」
「ほんと、ありがとうパル」
「だけど、ひとつだけ約束して」
 パルがいつものふわっとした陽気な雰囲気をどこかに隠して、言った。
「何かあったら必ず僕を呼ぶこと。ルシーダ殿下はこういうこと初めてだと思うけど、本当に危ないんだ。殿下は自分の身は守れないだろう? だから僕に相談するんだよ」
 可愛いという形容詞がよく似合うその顔立ちが、急激にかっこよく見えた。月明かりに照らし出されている所為?
 ……違う。パルは、本当の自分をなかなか見せないんだ。
 いつものお気楽極楽の彼も、本当のパルだと思う。だけれど、こっちの今私と真剣に向かい合っている彼も、本当の彼なんだ。お気楽極楽なだけじゃない、敏腕といっていいほどの切れ味を見せる頭脳。
「わかった。約束する」
 私は神妙に頷いた。
 彼なら信じれそうだ。
 パルは満足そうに頷いた。いつもの太陽な笑顔を見せる。
「さ、戻ろう。風も出てきたよ。僕が部屋まで送ってあげる」
 私はパルの差し出した手を掴んだ。彼の手は杖だこというのかな、杖を持つ指の根の部分にたこができて硬くなっていた。手の甲には所々に傷跡が残っている。見掛けとは違って、男の人なんだと思わせるごつごつした手。
 セイのクラヴィを奏でる綺麗で繊細な手とは明らかに違う。戦いを知っている手だ。
「パルはどうして、魔術師になろうと思ったの?」
 私はパルの手に引かれて立ち上がりながら、質問をした。
「魔術を使えるのが当たり前だったからだよ」
「あたりまえ?」
 二人で手をつないだまま並んで歩き出した。
「うん。僕さ、小さい頃から魔力だけは溢れるようにあって、物心ついた頃から手当たり次第に魔術を使っていたんだ」
「すごいのね、パル」
「だから、魔術師になるのは僕にとっては呼吸することと同じなんだ。当たり前のこと」
 呼吸と同じように魔術を使う。すごい、私には想像もつかない。
「当たり前のことで、ヤなこともたくさんしたけどね」
 パルが眉を寄せた。
 私は気がついてしまった。あの手の甲にあった傷。あれは、実戦をしたときについたものなんだ。
「パルは、人を殺したことはあるの?」
 パルは右目だけをわずかに大きくして、私の顔を見返した。ふた呼吸ほどする間にパルは答えを教えてくれた。
「あるよ」
 いつになく、乾いた声だった。
「僕は武官だよ。民衆には知られていないけど、前王の御世の時には外征も何度かあったんだよ。僕は、それに何度か参加している」
「パル……」
「さ、殿下。部屋へ入りなよ。おやすみ」
 パルの言葉はそれ以上追求しないでくれ、と言っているようだった。私は、ただ「おやすみ」と返すことしかできなかった。私は部屋に入って大きな扉をそっと閉めて、その扉に寄りかかった。
 私は、その人殺しを命じる側にいる人間なんだ、と改めて自覚した。
 月明かりに照らし出された部屋の中央まで歩いていき、そっとため息をついた。すぐに隣接する部屋からミズライルがやってきた。今日の護衛はミズラエルだった。応接室にいる間中はミズラエルが護衛していたけれどいつの間にか私の視界からは消えていた。部屋に戻ったわけではないだろう。きっと、私の視界に入らないところから護衛をしていたのだろう。ナトゥラムやパルと連れ立っていた私の邪魔をしないようにという配慮だ。
「着替えを手伝わせる者をお呼びしましょうか」
「いえ、結構よ。ありがとう。灯りだけ置いていって」
 ミズラエルが手にしていたろうそくの火が、ベッドサイドにおいてあるランプのろうそくへと伝わせる。ミズラエルは部屋の出口で一礼した。また、夜通し私の部屋を護衛してくれるのだろう。


「決闘禁止令?」
「はい、わが国では決闘は禁止になっています。どんなことも裁判にて判断を下せ、というのがその法律制定の根拠でもございます。また、当事者同士も危険ですからね……」
 私は、ライアにベツヘルム王国の政治について教えてもらっている。内親王である私は、宮廷内での地位を貰わない限り政治に参加できない決まりになっている。現在の私は宮廷内では無官だ。歴代の内親王たちは、華やかな趣味を極められ、芸術の才能を伸ばしたらしいけれど私には、そんな華やかな趣味は持ち合わせていない。どちらかといえば、ベツヘルム王国のことをもっとよく知って弟の手伝いがしたい、と言ったらライアに武官を目指すように進められた。

next