「あ、いらっしゃい。殿下」
 厨房へ行くと、出迎えてくれたのは料理人見習いのスーフィだった。スーフィは私と同じ歳で主にデザートの担当をしている。必然的に仲良くなる確率が高かったってわけ。
「今日もなんか、簡単なお菓子つくってほしいな、って思って」
「わかりました。マイスターに伝えておきます。……あ、小麦粉が」
 スーフィが戸棚を空けると、中にある小麦粉の入っている樽がからっぽになっていた。
「粉引き小屋からとってくるの?」
「そうですよ」
「私もついていっていい?」
 どうぞ、とスーフィに言われ私は後についていった。城内では小麦粉は城内にある粉引き小屋で小麦を臼でひいて使っている。小麦粉に混ぜものをさせないためらしい。
 粉引き小屋の前には粉になった小麦粉が詰められた樽がふたつおいてあった。
「どっちもっていけばいいの?」
「いつもは、粉引き小屋のおじさんがいるはずなんですけど……誰もいないみたいですね」
「休憩してるのかな?」
「ま、舐めてみれば分かりますから」
 そういって、スーフィーはそれぞれの樽から少し粉を取り口に含んだ。最初に口に含んだほうは眉をしかめる。
「なんだろう、この粉……小麦粉みたいだけどなんか変な味がします。マイスターが買い付けてきた新しい粉なのかな……??」
 私は、その変な味、という粉を同じように少し手にとって舐めてみた。
 あ……この味は……。
「スーフィ、こっちの小麦粉だけもっていって、こっちの樽はあとでマイスターに伺ってみましょう」
「そうですね。今必要なのは小麦粉ですから」
 スーフィーが器用に、小麦粉の入った樽を立てたままでくるくる回転させながら運び出した。スーフィが私に背を向けた隙に、私はさっきの変な味がした粉を少量試験管へと採取した。まさか、錬金術師の道具がこんなところで役に立つとは思わなかった。
 急いでコルク栓でふたをして、ポケットにしまう。そのまま何事もなかったかのようにスーフィーの後について歩いていった。
「ミシェーラ」
 私は護衛をしているミシェーラに声をかけた。私の行動をミシェーラはつぶさに見ていたはずだ。
「至急、パルを呼んで。それと、誰か信頼の置ける宮廷錬金術師を呼んで下さい」
 変な味のした粉。
 あれは、麻薬のアコナイトの味だ。

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