疑惑

 パルは暇だったのかすぐにきてくれた。私は、重要なものを発見した、とだけパルに伝えた。やっぱり、誰か第三者に鑑定してもらってからパルには教えて方がいいと思ったからだ。
 やがて私の部屋にやってきた宮廷錬金術師を見て、私はあんぐりと口をあけた。
「老師(せんせい)……!!」
 私が錬金術学校に通っていたときに教えてもらっていた老師だったのだ。老師、といってもまだ若い。学校では一番モテている老師だったと思う。長身で、均整の取れた体格だ。剣舞を舞った時、さぞ迫力があるだろうと思わせる。濃い色の茶髪に小麦色の皮膚。瞳の色は夜の色だ。
「久しぶりですね。ルシーダ殿下」
 学校を卒業して以来だと思う。老師は私に声をかけた。
「老師……宮廷錬金術師だったの?」
「ええ。殿下が在籍中からそうでしたよ」
 知らなかった……っ。今日の服装は、錬金術師として正装といわれる様々なルーン文字が服の裾に刺繍されているローブ姿だ。学校ではもっとぼろぼろのローブ姿だったのに。
「あのね、老師にぜひ見てもらいたいものがあるの」
 私は粉引き小屋から採ってきた粉の入っている試験管を老師に渡した。老師は慎重に試験管を受け取り、まずそっと粉の粒を試験管のガラス越しに確認する。次にコルクの栓をあけて試験管の口の上あたりを手で煽って匂いをかいだ。老師は懐から錬金術師の携帯用の道具入れを取り出して、薬さじを試験管に入れた。人さじ分掬い上げて、からの別の試験管に移して、携帯用の瓶に入っていた試液をどぼどぼと、試験管の底から三センチぐらいの長さ分入れた。水色はまだ透明だ。だけれど、その液体に粉末はほとんど溶けてしまっていた。ガラス棒でかき混ぜて、今度は別の試液を今度は一滴入れた。見る見るうちに液体が空色に変わっていった。
「……かなり純度の高いアコナイトのようですね」
 老師は試験管たてにもなる携帯用の道具入れに青色の水が入った試験管を立てた。
「それは、神々と国王陛下に誓って?」
「はい、神々と国王陛下に誓って間違いありません」
 相手が真実を口にしているか念を押すときの決まり文句を私は言った。それに真実だ、と老師が答える。
 ああ、やっぱり。
「パル、これは粉引き小屋にあった小麦粉が入った樽から手に入れたんだ」
「……それじゃあ」
「誰かが城内で麻薬を精製しているって言うこと」
「粉引き小屋を調べに行こうよ、ね、マーキュラス卿も来て、お願い」
 パルは立ち上がって、老師についてくるように頼んだ。なんか、小さい子供がこれ買ってておねだりしているように見えてしまったのは私の目がおかしいんだろうか。
 苦笑しながら老師は頷いて立ち上がった。
「まだ残ってるかな」
 パルは心配そうに回廊を走り出した。そうだ。移動してないことを祈らなきゃ。せっかく見つけた証拠なんだから。
 幸いなことに、粉引き小屋にはまだ誰も戻ってきていなくて樽もそのままになっていた。先ほどと同じような手段で老師が樽の中に入っている粉の成分を調べた。やっぱり、それはアコナイトのようだ。
 それからは、あっという間だった。パルが近くにいた人に命じて王都警備隊を呼びに行かせ、樽はそのまま証拠品として警備隊にもって行かれた。次に粉引き小屋にある臼を調べたところ、やっぱりここで生成していた様で臼からもアコナイトが発見された。粉引き小屋の責任者は数日前から姿が見えなくなっているらしい。つまり、誰か部外者が勝手に臼を使って生成したということだ。
「ここは見回り区域でもないし、あまり使い道がないからと警備も厳重にはしていないところなんだよね」
 だから、今回の犯罪が起きたのだとパルが言った。
「取引現場とか押さえられたらいいんだけど」
 パルが珍しく眉根を寄せた。
 そんな都合のいいこと起きないと思うよ。

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