デートの相手

 もう、ここまで証拠が揃ってしまったらカルニカ家の当主を呼び出して事情を聞きたいところだけれど、パルがいうにはまだまだ証拠を集めないとダメだそうだ。というわけで、今はナトゥラムの麾兵たちがカルニカ地方へ出向き追うとまでアルニカが運ばれた経路と、下手人たちを捜索している。
 一応、手伝うと約束したからネリーに事の次第を報告したいと思ってパルに相談したら、お忍びで城下町に下りて行こうか? という話になった。
「お忍びって、そんな簡単な」
「僕は外に屋敷があるから出入りは自由だよ。殿下だけどうにかすればいいの」
「分かった」
 私は自分が持っている服の中で一番質素な服を選んだ。それでも、ちょっと裕福な商人の娘が着ている服ぐらい上等なものだ。市が立つ日に行くので、人ごみにまぎれるから大丈夫だろうとパルが言ってくれた。
 ただ、護衛を連れて行かないわけにはいかないから、護衛当番のミズライルに城下町に降りたいといったら、一瞬だけ困ったように眉根を寄せたけれどすぐに「お供します」と返事をしてくれた。
 やっぱ、そうこなくちゃね〜。
 こっそり秘密の出入り口から出て行くのかと思ったら、堂々と正門を通って出て行くらしい。パルは顔パスなので、その一緒にいる人も顔パスとして扱ってくれるのだそうだ。変に、別のところから出ようとするより簡単なんだって。
 私は正門の通行用入り口で、門衛からの身分チェックを受けている。もちろん、答えているのはパルだけだ。私とミズライルはパルのお気に入りの侍女と護衛ということになっている。さすが六貴族の一人だというか、ほとんどノーチェックで城から出してもらえる。
「すごいのね、パル。楽勝だった」
「あのね、出ていくぶんには楽なの。入るときが普通は大変なんだよ」
 あ、そっか。警備の問題を考えたら入るときを厳重にするのか。
「ま、でも僕はあんまりチェックを受けないだろうけどね」
「それは、六貴族だから?」
「何度も出入りしてるから。きっと、六貴族だって知らないひともいると思うよ」
 大概、六貴族ぐらいの身分になればお供を何人も連れて、出入りのチェックも召使にやらせるのが一般的なんだそうだ。パルは自分の身を守れるのをいいことにお供を連れないで何度も出入りしているらしい。
「それって、危なくないの?」
「僕を殺せる人は、この世には早々いないよ」
 どっから、その湯水のように溢れかえるほどの自信がわいてくるんだろう。私も見習いたい。
「そのネリーって娘。『プチグレン』っていう薬師屋さん営んでるかな?」
 私は頷いた。
「やっぱりね〜。そこ僕よくいくんだ〜。面白いアイテムいっぱい売ってるし。僕、大好き。そのお店」
 パルがにこにこと微笑む。友達が褒められるのって、悪い気がしない。自分が褒められたわけじゃないのに、なんだか嬉しくなってくる。
「ありがとう。私が褒められたわけじゃないけど、なんだか嬉しい」
 パルははぐれるといけないからって、私の手をとり並んで歩いた。今日は週に一回休みの朝にある市の日だ。王城への道であるメインストリートの両脇には所狭しと屋台が並び、様々な品物が売られている。どこかで、焼きたてのパンを売っているのか小麦粉と蜂蜜の混ざった甘く香ばしい匂いが漂っている。買いに来ている人たちも、いろんな人がいる。ベツヘルムは砂漠の民と水の民が人口の半分を占めている民族だけれど、交易が盛んなので隣国のルクセリア人や、ロウラン人、ヌビア人の人たちなど国境の境がないみたいだ。もちろん、話している言葉はベツヘルム語が大半だけれど、同じ国の人同士の商談はその国の母国語で行われているので、いろんな言葉が聞こえてくる。ちょっと騒々しいけれど、私はこういう喧騒は好きだ。
 メインストリートから少しだけ路地に入ったところに、ネリーの家はある。ネリーの店はまだオープンしてないみたいだ。
 おかしいな。市の日は必ず朝早くから商売しているのに。
 私はお店のドアを開けてみた。鍵はかかっていない。
「ネリー……?」
 呼びかけながら部屋に入ったが、返答はない。
 私は、部屋の中の樣子を見て一瞬、時間が止まった。
 部屋の中は荒れ放題だったのだ。机はひっくり返り、ドライハーブは粉々にちぎれ、花瓶は割れて床に散乱していた。
「ネリーっ」
 私は嫌な予感がして奥の工房へと走った。
 工房も同じように目茶苦茶だった。錬金術師なら命の次に大事にしている『錬金術師の鍋』が無残な形に曲がり床に転がっていた。錬金術についてかかれた書物が床に無造作に落ちている。壁には雷の魔法を使ったのかこげ跡が残っていた。その近くには、雷の魔法を発動させる錬金術でしか作れない『雷の石』のかけらが落ちていた。魔法は発動したようで残骸だけだ。
「どうしよう……」
 もしかして、もしかしなくても誘拐されちゃったの?
「ここを出ようよ。殿下……ここにいてもなにもないよ」
「う、うん」
 私はかなり、未練を残しながらネリーの家を出た。パルは相変わらず私の手をぎゅっと握って大通りを歩いている。
「ミズライルは気がついているよね?」
「六人ばかり、います」
「この先の路地で始末をつけよう」
 パルは人ごみをよけながら、私を次の通りの路地裏まで連れて行った。パルは私を庇うように立つと、今までのほわんとした舌足らずの話し方から一変し、はきはきと話し出した。
「いい加減に出てきなよ」
 路地裏に、私たちを取り囲むようにいかにも悪者です、といわんばかりの人相の悪い屈強な男たちが武器をそれぞれ思い思いの武器を持ちながら立っている。パルは私の自分の背中のほうへと庇い、その背後にはミズライルが私の背中を守るように対峙していた。
「そこのお嬢ちゃんを置いていくんだな。坊主」
「そうすれば、ひどい目にはあわせないぜ」
 男達は、私たちが多勢に無勢だと思い込んでいるのか、ニヤニヤと笑いながら武器を構えた。その言葉に、ミズライルは黙って剣を抜き放ちパルはため息をつきながら、軽く手首をひねって魔法の杖を出現させた。
「やれるもんなら、やってみなよ」
 パルの挑発的な一言がきっかけになったのか、いっせいに男たちが襲い掛かってくる。パルは軽く杖を振って魔法を発動させると、襲いかかってきた男たちを見えない照壁によって弾き飛ばした。続くミズライルも、風のような速さで男達を切り裂いた。これが、普通のチンピラであれば男たちは全員ノックアウトさせられていただろう。だけど、単なるチンピラではなった。ミズライルのすばやい剣戟を受けながら、男は何かを私の足元めがけて投げつけた。それは小さな小瓶ぐらいの大きさで、私の足元で音を立てて割れ、中から液体がこぼれだしてきた。液体は空気に触れるとすぐに蒸発するようにできているらしく、白い煙がでてきた。
 まずい……この、匂いは……。

next