「どうしたの? 姉上。珍しいね」
 読書の最中だったのか、長いすに座り分厚い書物を手にしている。私の部屋とは違ってきらびやかな織物が飾られていたり、華やかな装飾品のついた置物が置かれている。全体的に華麗といってもいいぐらいの部屋だ。
「実は、お願いがあって」
「セイとの結婚なら、僕は反対だよ。そいつはやめておいたほうがいい」
 私はセイと一緒に入ってきたのが気に入らないのか、サーデラインはセイを一瞥した後本人を目の前にして事も無げに言う。
「違うって、そうじゃなくて。麻薬取引の事件を追っているの。その事件解決のために、事件に関する全権代理を私に与えてくれないかしら?」
「姉上も厄介ごとを引っ張り込むのが好きだね……。詳細な報告を貰わないとおいそれと、重要な文書を発行はできないよ」
「報告なら僕がするよ」
 セイはサーデライン様が執務に使っている机にあるペンと羊皮紙を勝手に拝借するとすらすらと文章を書き始めた。私が掻い抓んで話した、ところどころおかしい表現すらあったあの話から正確な定型に沿った報告書ができあがっていく。
「珍しく本気じゃないか。どうしたの? セイ」
「あんなに可愛くお願いされちゃったんだもん。僕としてはできる限りを手伝ってあげたいなぁって」
「それをずっと維持していれば、中書令の座はくれてやるのに」
「そういう面倒なことは僕は大ッ嫌いなんだ」
 話しながらでもセイの文章を書くスピードは落ちない。羊皮紙三枚分に報告書をまとめると、最後にアルニカ家のサインを入れた。
「どうぞ、サーデライン殿下」
 恭しくセイが羊皮紙を差し出すと、サーデライン様は胡散臭そうにセイを見返した。それでも黙って報告書を受け取るのは大人だ。
「わかった。全権代理の文書を発行しよう」
 サーデライン様はすぐに文章を読み終わり、羊皮紙にペンで全権代理の委任状を記してくれた。最後にサーデライン発行である、ということがわかるようにサーデラインの花押を押した。
「姉上、気をつけて」
「ありがとう、サーデライン様」
 私たちはそろって、挨拶をしてサーデラインの部屋から退出した。
「あとは、マーキュラス閣下を呼ぼうか」
老師せんせいを呼ぶの?」
「あ、ルシーダ殿下はマーキュラス閣下の弟子なの?」
「錬金術の老師せんせいだもの」
「マーキュラス閣下はプチグレン家の当主なんだ」
「え? ラカシス卿じゃないの?!」
「ラカシス閣下は非常に有名だからね、そう思われがちなんだけど。当主はマーキュラス閣下だよ」
 知らなかった。
 普通、有名な人が当主だと思うでしょ? 老師せんせいってそんな威張ったような人じゃないし。
 部屋に戻ってみると、パルが誰かを連れて戻ってきていた。長い金髪の少しとがった耳を持つエルフだ。身長は百八十センチぐらいあって、繊細な顔立ちをしている。
「久しぶりだ、ルシーダ」
 えっと、誰だっけ?
 私はエルフの契約者じゃないから、エルフの知り合いといえばゼラぐらいしかいない。目の前にいるのエルフは二十歳前後の青年エルフなんだけど、どッかであったっけ?
「あのー。どちら様ですか?」
「やだな、僕のこと忘れた?」
 小首をかしげる姿が、十歳ぐらいの少年だったゼラの姿に重なる。
「ゼラ……?」
「ビンゴ」
 うわー。エルフの成長期って突然やってくるってきいたけど、ここまで一気に変わっちゃうんだ。もう、別人といってもいいぐらい。
「まさか、ネリーちゃんがエルフ王と知り合いだったとはね。謁見するまでにてまどちゃった」
「ゼラって、王様だったの……?」
「そうだよ、あれ? ネリーから聞かなかった?」
 聞いてない。
 だって、ネリーってゼラのことどついてたり、親しげに手をつないで歩いてたりしてたから弟みたいな存在なんだろうなって思って、身分のあるエルフだなんて思いも寄らなかったいうかあ、なんだか混乱してきた。
「そ、そんなことより。ネリーが攫われてしまったの。何かわからない?」
「僕は眠りの日から目覚めたばかりで、本調子じゃないんだけど。ただ……ネリーが生きているのは分かるよ」
「すごい、それがエルフと契約してるから分かるの?」

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