「だが、勘違いするなよ。それがお前の命取りでもある。武人を目指すなら甘いだけではダメだ」
 甘い、ということは相手に付け込まれる隙ができる場合がある。戦場で隙を見せたらすぐに殺される。そういうことをナトゥラムはいいたいのだろう。根っからの武人なんだ。
「肝に銘じておくわ」
 まったく、どっちが主でどっちが従なのだかわからないけど。だけど、こうやって遠慮なく言ってくれる人は得がたい存在だ。
 その後、何もなく一日目のキャンプ地に着いた。
 夕食は赤レンズ豆とお米のスープピリンチリ・クルムズメルジメッキ・チョルバスだった。レンズ豆とお米から作られているスープなので保存が利くので、行軍中にはよく作られる料理だ。みじん切りにされたたまねぎを、バターで炒めて小麦粉を入れ、混ざったところで米、レンズ豆、スープストックを入れる。塩コショウで味を調えながら、柔らかくなるまで煮る。やさしい味のするスープだ。よく、ロカンタ(食堂)でも定番料理として出ているベツヘルム王国の家庭料理だ。
 木製のスープ皿に盛られた赤レンズ豆とお米のスープピリンチリ・クルムズメルジメッキ・チョルバスを一口すすった。
 おいしい。
 家庭で作るのも素朴な味がしていいのだけれど、大人数分作るとまた違った味がする。兵士だから、将軍だからと食べるものを分けたりしないのがミュリアティカム隊の特徴なんだそうだ。そんな分けて作る時間があったら兵士を休ませる、というのがナトゥラムの持論。
 少人数のグループに分かれて焚き火を囲んで暖を取る。あたり一面燥いた大地なので、夜は冷える。体を温めるために、兵士たちに葡萄酒が配られた。酔っ払わない程度に飲んで体の芯を温める。
 ナトゥラムが私と同じように木製のスープ皿とスプーンをもって私の隣に座った。黙って一口スープを口にした。
 なんだ、こいつ。
「うまいな」
「うん」
「明日は俺のそばから離れるなよ」
「わかってる。ミシェーラもミズライルもいるから、平気」
「それと、何があっても冷静さを忘れるな」
 私はうなずいた。
「今日は早く寝ておけ。地面の上でなんて寝たことないだろうから、つらいだろうが」
 私はここまできて、ようやくナトゥラムが私に気を使っていることがわかった。なんだかおかしくて、笑いをこらえたくても自然と笑みが零れ落ちる。
「何を笑っている」
 少し、不機嫌な声。
「私は庶民で錬金術師の出身だよ? 錬金術師の材料を取るために、野宿なんてよくやったし、こういう素朴な料理は日常食べていたんだから。どっかの姫君と混同しないでよね」
 ナトゥラムは一瞬きょとん、とした表情から一変して私に釣られるように微笑んだ。
「噂は本当だったんだな」
「噂?」
「庶民出身だっていうのは」
「あたりまえでしょー? じゃなかったら、こんな時期に『帰還』だなんて体裁とったいい方しないわ」
「いや、本当に庶民だとは思わなかったんだ。中の上程どの階級で大切に育てられたのかと思っていた」
「……私の、どこが?」
 私のこのがさつな態度、しぐさなんかみたら金持ちのお嬢様には遠く及ばないと思うのに。
「歩き方もまるで見本のような姿勢だったし。てっきりそうかと」
 ナトゥラムとはじめてあったときは、ライアから歩行の強制練習を受けていたときだ。あの時は教科書どおりに歩かないとライアが怒るものだから、必死だった。いまは、若干崩れてきてしまっている。
「どっちみち戦場は初めてなんだろう? ゆっくりやすめ」
 ナトゥラムは私の頭に右手を置いてくしゃくしゃと撫でると、私の分の食器も一緒に持って返しに行った。

next