勅命

 私たちはこうして、王都へと帰還した。
 事後処理に追われて、ふと気がつけば私は三日もネリーの様子を見に行っていないことに気がついた。ネリーはいま、暁の森のゼラの住まいで静養している。エルフと契約していない私は簡単に暁の森に入ることができない。エルフと契約しているパルが仲立ちして森に入ることになる。まだ、夕方。時間も早い。パルに話してネリーの見舞いにいつごろ行ってもいいのかエルフに聞いてもらおう。
 エルフは時間の感覚がないのか、すぐにきてもいいよと返事があったとパルはいってくれた。ただし、暁の森に入るにはその目の光を失うこと。つまり、森の中に居る間中は目が見えなくなる魔法をかけられないと入ることはかなわないのだ。
 ミシェーラたちは、危ないから行かないでほしそうだったけれど、私はエルフを信じると決めたからネリーを預けたんだ。こんなところでひるんでいても仕方ないと思う。
 森の入り口でゼラが私を待っていた。ゼラは私に目の光を失う魔法をかけると、私の手を引いて歩き出した。やれ、頭を下げろ、だの這い蹲って歩けだのいろいろ言われながら森の奥深くへ入っていく。
「ついた」
 小一時間ほど歩いたところだろうか、ぱっと光が差し込むのが肌で感じた。森の匂いもどこか穏やかだ。
「もう少し歩けば、僕の住まいだ」
 今まで歩いてきた道よりも数倍、歩きやすいところを通っているようだ。草の上を歩いているのだが、下草に足をとられる心配をしなくても平気だ。
「ね、もう夜でしょ? なぜ明るいの?」
 日が落ちればエルフの森は昏いものだと私は想像していた。だけれど、ここは昼間のように明るさを感じる。
「明るくなるように工夫しているんだ。これ以上は言えないよ」
 エルフは自分たちの文化を外に知られるのを嫌がる。契約者であれば教えるかもしれないが、私はエルフたちにとって見れば異端。そう簡単に教えてはくれない。
「ううん。いいよ。でも、明るければ夜出歩くのも安心だね」
 王都でもこれが応用できないだろうか。松明をずっ灯すには薪を大量に用意しないといけないし、だからといって魔法でずっと維持できたりするものだろうか。
 今度は木の板の上を歩いているようで、かつん、かつんを私の靴の裏がなる。家の中なのだろうか。それでも、外から吹く風の心地よさを感じるので、エルフの家ってどうなってるのだろう。
「ネリー、入るよ」
 ゼラはそういって、私を強く引っ張った。
「ここがネリーの部屋。中央にネリーがベッドで寝ているんだ」
 ゼラは私の耳元でそっとささやいて教えてくれた。
「ルシーダ、来てくれたんだ」
 元気そうなネリーの声が聞こえる。私は声のしたほうへそっと歩き出した。
「よかった、ネリー……」
「もしかして、貴女、目を……!」
 ネリーは私の樣子を見て、言葉をさえぎってつぶやいた。
「ゼラ、なんでルシーダの目が」
「いいの。私が望んで魔法をかけてもらったの。そうしないと森に入ってこれないから」
 私はそっと声のしたほうへ手を伸ばした。やがて暖かい手が私の手を握り締める。
「ごめん、ルシーダ。でも、ありがとう」
 ネリーは私の手を包み込むように握ってくれた。
 元気そうでよかった。
「ルシーダ殿下」
 急に、ネリーは改まった声を出した。
「そんな他人行儀なことはやめてよ」
「いいから聞いて。いえ、聞いてくださいませ。今回は、お助けくださいまして真にありがとうございます。貴女様のような方がこの国の礎になるならば、ベツヘルム王国も栄えましょう。私は、殿下の膝元である市井で、殿下の手腕を直に感じることを喜びとします」
 卑怯だ、ネリー。
 そんなことを言われたら、私はネリーに王宮に来て仕事を手伝ってほしいだなんていえないじゃないか。私が国のために働くのを、一番感じ取れる庶民の生活をしたいと望むだなんて。
「ネリー、私はこの国の礎になる」
 だから、元気でいて。
 ネリーと交わる道はもう無いのかもしれないけれど、ネリーが市井で見てくれているのなら私は頑張ってやっていけそうだ。
「いつまでたっても、友達よ。ルシーダ」
 私の名前をささやくように呼んでくれた。そして、もう二度と私の名前は呼び捨てで呼ばれることは無いだろう。私はこの国の礎に、ネリーは大勢いる庶民のなかのひとりになることを決めたのだから。

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