港町マロウ

 マロウ総督として任命されてからの私は、その準備期間に追われていた。総督ともなれば自分で幕僚を決めることができるので、自分の準備以外に総督府の準備もしなければならなかった。今回、マロウ自治区の常駐軍が任期交代になるのでそれにあわせて、総督も交代させようということらしい。もっとも、父王のことだからなにかしら理由があって総督交替をさせようと思っているんだろうけど。
 マロウ自治区の常駐軍は魔法部隊が一師団、騎馬舞台が一師団となっている。何の縁か、はたまた陰謀か交代要員はパルの魔法部隊とナトゥラムの騎馬部隊だった。
 私付きの文官がライアひとりというのも心もとないので、誰か事務処理能力の高い文官を推薦してもらうように宰相に頼んでおいたら、推薦されたのは自分の息子であるセイ・アラニカだった。アラニカ宰相からしてみたら、私との距離を縮めておきたいのだろう。下心を感じずには居られないが、セイは本気を出せば優秀な文官だというのは知っているので、幕僚メンバーに加えた。そして、もう一人。これはイグネシア教会からの推薦で私の幕僚メンバーになったリコリス・アロイだ。マロウは港町であるの為、多種多様な国や民族の人たちが集まる。当然、信じている宗教によって習慣が異なってくることも多々ある。宗教による揉め事も発生するため、そういったことに関しての相談役としてメンバーになっている。以上の五名がマロウ自治区総督府の幕僚というわけだ。
 旅立ちの日は意外と早かった。謁見の間で、父と母そして弟に出立の挨拶をして外で待っているライアたちと一緒に馬上の人となる。
 砂漠を横断して、二日かけて港町マロウへと赴く。生活道具などは総督府に用意されているから、身の回りの必要なものだけを荷物として馬に縊りつけている。砂漠といっても完全な砂砂漠ではなく、荒地といったほうが適切かもしれない。荒涼たる野には草はまばらにしか生えていなく、天空には輝かしい太陽が私たちを照らしていた。王都から南へと伸びる「王者の道」という大陸行路を行く。ここは商隊の街道になっているため比較的人のとおりが多い。街道の途中にあるオアシスには旅の疲れを癒すため、木陰で休憩をする旅人たちの姿が見える。私たちも、オアシスにたどり着くと馬から下りて休憩をした。
 木陰に腰を下ろして、皮袋から水を一口飲んだ。のどが燥いていたので、砂が水を吸い込むように水が吸収されていくような感覚がした。
「次のオアシスで本日はキャンプとなります」
 私はこの部隊の予定をライアにまかせている。私はうなずいて、そのとおりでかまわないことを伝えた。
 二日目も昼過ぎたころから、辺りの風景に少しずつ緑が増え始めた。噂に聞く港町マロウは海が近いため、植物がたくさん育つらしい。もうすぐ到着するのだろう。地平線のかなたに、空の色とはまた違う青色が見え始めた。それは太陽の光に反射して綺羅綺羅と輝いている。徐々にそれは大きくなっていき、地平線を埋め尽くすほどの大きさになった。すぐにそれが水のかたまりだと気がついた。だが、河と違って水が山なりに寄せては返していた。吹き寄せる風に湿り気が帯び始め、空気に鼻につんとくる匂いが混じる。
「あれは、何……?」
 私は首をかしげ、前方の水の塊を差した。ライアはきょとんとした表情だったが、やがてやさしい微笑を浮かべて答えた。
「殿下は、海は初めてでございますか? あれは、海というものですよ」
「あれが、海……」
 私は海が見下ろせるところまで馬を進めて、いまや視界の三分の一が海に埋まった景色を呆然と眺めた。水平線の前では空と海が溶け合っているようだったし、水が砂浜に流れ着くと白い泡を出していた。あまりにも大きい。海に浮かぶのは、あれは、船だろうか。
「この匂いは海の匂いですか?」
 嗅覚につく匂いに私は眉根を寄せた。
「潮の匂いといいます。海は塩水でできていますから、そのような匂いがするんですよ」
 このべたつく風も、潮の匂いも、植物が多く育っているのも全部海が近いという証拠なのか。
「さて、もう少しで港町マロウに到着します。殿下、行きましょう」
 ライアに促されて、私は馬を進めた。そこから、大体十分ほど南に馬を進めたところで港町マロウがみえてきた。
 王都よりも緑が多いというのがまず最初に気がついたことだ。なぜ、あんな大きなものが浮くんだろうと思うほどの帆船が海のかなたからマロウの港へと停泊する。船の進んだ後には白い泡が立ち、軌跡を残していた。常に風が吹いていて、私のほほをくすぐる。王都に負けず劣らず様々な人種が入り乱れた町。もしかしたら、王都よりもにぎやかかもしれない。
 ここが、今日から私が住む町なんだ。

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