海賊

 総督府に戻って驚いたのは、ロマディが討伐部隊の編成をしていないことだ。それに加え、砲撃で壊された家々の復興の手伝いもしないらしい。
 それって、王の代理人たるマロウ総督としていいことなの?
 何かがおかしい。
 私はまだ正式な総督ではないので、総督府の「財産」を使うことはできないけれど「私費」でなら何を行っても文句を言われない地位をもっている。だったらそれを使おうじゃないの。
 私は自分の私室に戻ると、隣室に控えているライアを呼んだ。
「土木作業に優れた技能を持つものたちを砲撃で被害にあった場所へと派遣して。復興が早まるように手伝うように。それと、海賊たちの情報が知りたいの。規模とか被害とか早めに私に知らせてくれる?」
「すぐに手配いたします」
「討伐軍を派遣します。私の私費を投じて。指揮官は……私が行きたいところだけれど、ダメよね?」
「殿下はまだ、用兵の基礎すら勉強されてませんから」
 ダメですよ、とライアが困ったように続ける。私が前線に立ちたいことを分かってくれているからだ。
「わかった。こういうときは、全軍を投入したほうがいいのよね?」
「さようです」
「ナトゥラムに指揮をさせて。私が連れてきた全軍で海賊を蹴散らしてちょうだい」
「すぐに知らせます」
「海賊の首領の生死は問わないわ。できれば生きたままとらせてほしいわ。それは、ナトゥラムに一任すると伝えて」
 ライアは頷く。
「それと……セイとリコリスを至急呼んでくれる?」
「かしこまりました」
 ライアがあわてて部屋を出て行った。今頃あちらこちらに指示を出しているのだろう。海賊のほうはコレでいいとしておいて、問題はロマディだ。何かあるとしか思えない。
「失礼します」
 よく通る涼やかな声がして、私の執務室の扉が開いた。入ってきたのは漆黒の闇を切り取ったかのような豊かな黒髪と、同じ色の眸を持つ宝石のように美しい女性だ。着ているチュニックには神官としての紋章が刻まれている。
「お呼びと御伺いいたしました。殿下」
 扉のところで優雅にお辞儀をして私の座っている前まで来た。神官長のリコリスだ。私より少し年上で、神官長を務める彼女はとても大人っぽい。落ち着いた声と、宝石のように美しくて涼やかな顔立ちが余計にそう見せているのかもしれない。その年齢に似合わず、博識で相談役としてももってこいだとライアは太鼓判を押していた。
「今回の海賊の襲撃で、困った事態が起きているの。この町は様々な習慣と宗教を持った人がいるでしょう?」
「そうですね。人種の坩堝といっても良いかもしれません」
「イグネイシア教は他宗教を認めているわ。ただ、他宗教の場合税制度に差を持たせているはずなの。そこらへん、ちゃんと機能しているかどうか調べてもらえるかしら?」
「町人が納める租税だけ調べればよろしいですか?」
「そうね、お願い。それと、イグネイシア教に改宗した人はココ最近どれぐらいいるのかも確認してくれるかしら?」
「かしこまりました」
「それと、今日被害にあった人々と、改宗していない人とリストにして照らし合わせてみたいの」
「かしこまりました」
 リコリスは一礼して部屋から出て行った。どうしてこういうことを調べなければいけないのかなど聞いてこないのが彼女らしい。もっとも私が何をするかなんて読まれているのかも知れないけれど。
「僕に用ってなにかな?」
 ノックするなり、私の返事を待たずに部屋に入ってきたのはセイだ。いくら親しいからってこれはないだろう、と思うのだけれど注意しておいたほうがいいのだろうか。
「セイ、返事を待ってから入室してね」
「ふふ、僕と殿下の仲でしょ?」
 私がにらんだのが分かったのか、セイは肩をすくめて次から気をつけるよ、と約束する。
 ほんとかなぁ。

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