「……海賊たちはどこへ逃げたの?」
「東のほうだな。だが海賊もいつまでも船の上にいるわけには行かない。必ず近くに根城があるはずだ」
「ここら辺は、無人の島々がいくつもあるところよ。それをしらみつぶしに捜すわけには……」
 私の言葉に、ナトゥラムが意外そうな表情を一瞬だけよぎらせた。
「なに?」
 私はちょっと不機嫌になって問うた。あきらかに、そんなことまで考えていたのかよ? というちょっとバカにしたような感じだったからだ。
「意外だっただけだ。そういう情報は部下に調べさせると思っていたから」
「……っ。とにかく、一回偵察してみる必要がありそうね。ロマディ総督は水軍を編成してたかしら?」
「水軍なんてものはない」
 そうだった。ベツヘルムはほとんどが砂漠に囲まれた国なので、水軍の重要性をあまり理解してもらえない。だが、マロウに住む人々は港からの外敵の進入に不安を持っているはずだ。ならば水軍を準備するのがこの地を治めるものの勤めだと思う。
「では、自警団みたいなものはあるのかな?」
「自警団かどうかはさだかではないが、逃げていく海賊を追撃している船が何艘かあったな」
「その者たちを調べられる?」
「すぐにやらせよう」
「さしあたって、逃げていった海賊の足取りを追ってほしいの。情報収集も任せたわ」
「御意」
 ナトゥラムは敬礼して私の前から去っていった。ナトゥラムは優秀な軍人だと聞くし、彼に任せておけば心配はないだろう。魔法部隊のパルにも手伝ってもらったほうがいいのだろうか。
「失礼します」
 ノックして入ってきたのはリコリスだった。手には羊皮紙が数枚握られている。
「お時間はよろしいですか、殿下」
「構わない」
「それでは、報告させていただきます。被害にあったのはいずれもベツヘルム以外の国出身の商人たちの家や倉庫です。比較的裕福な部類に入るでしょう。そして、イグネイシア教には改宗しておらず、租税を高く払って自分の信仰を守っているものたちです」
「ベツヘルム出身の大商人たちに被害はないの?」
「これが、本日の襲撃で被害を受けた家にしるしをつけた地図です」
 リコリスは私の机の前で羊皮紙を広げる。そこには正確なマロウの地図が書かれていて、そこに紅い丸印がいくつかついている。海岸の近くで海賊船の砲撃を受けそうな家々のほかに、かなり内陸部分でも被害にあった場所がある。だが、いくら海岸が近くてもそのような被害にはあっていないところもある。
「意図的ね……」
 私はそのしるしの不自然さに眉根を寄せる。
「こちらが改宗していないものたちのリストです。イグネイシア教会で保管しているものですから正確かと思います」
 リストの上位には裕福なものたちの名前が書かれている。上から順に地図に書かれている家の名前とチェックすると、やはり今日被害にあったのは改宗していないものたちの中から選ばれているとしか思えない。
「そして、租税リストです」
 リコリスが手にしている最後の一枚の羊皮紙を私に渡す。細かく租税の納めた日と額がかかれていて詳細で正確な報告書を思わせる。だが、合計金額を見て私は首をかしげた。
「……私が見た予算報告書とは数字が違う気がする」
 ロマディから引継ぎだといって渡された資料の中に今年度の予算案があったのだがそれといま見ている昨年度徴収した租税の金額が違う。私が見たものはもう少し額が小さかった気がする。だって、交易の町なのにこんなにも租税が集められないのかと不思議に思ったのだから。
「報告ありがとう。最後の仕上げのときにまた呼ぶかもしれないわ。それまでは、今までの業務についてちょうだい」
 リコリスは頷いて一礼すると優雅に立ち去っていった。
「ライア」

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