水上視察

 私は、午前中に水上視察に行くとロマディに知らせておいた。大掛かりな視察ではないので護衛も少人数であることも伝えてある。これで、くらいついてきてくれたら嬉しいのだけれど。
 今日の私のお供は、ミシェーラ、リコリス、パルの三人だ。他に五名程度の兵士たちを連れている。港まで徒歩で行きそこから用意しておいた船に乗り込む。
 船に乗るのも海に出るのも初めてだったので、私はひどく緊張しながら船へと乗り込んだ。ふわりふわりとゆるやかに船が上下する。波に揺られているのだが陸にいるときとは感覚が違うので地面が上下しているようですこし居心地が悪い。船に乗り込んでから潮の匂いがいっそう強くなった気がしたけれど、それは気のせいなのかもしれない。
 出航の準備ができて、帆を膨らませる。風を受けながらゆっくりと船が前へと進みだした。船が前へ進むたび船の先端から白く泡立ちナイフを入れているかのように泡の跡が残る。すべるように海の上を走る船は、意外と気持ちがいい。
「ここは、遠浅の海になっています。次第に無数の島が見えてきますよ」
 船長が説明をしてくれた。この船を借りるときに『ベツヘルム以外の大商人』から船を借り受けるように頼んでおいた。ルクセリアの大商人から借りたので、船長も船員たちもルクセリア人だ。ルクセリア人の特徴は、ベツヘルム人ほど小麦の肌ではなくて、キエフ人ほど色白の肌というわけではないといった中間色のような肌の色だ。総じて金髪の髪の持ち主が多く、空の色の眸の持ち主が多い。信仰はジューダス教という一神教を信仰している。ルクセリア王国のひとであれば、国教なのでジューダス教しか信じていない。ベツヘルムとの最大の違いは女性の扱い。ベツヘルムはその力と才能があれば女性でも軍人にも、政治家にもなれるが、ルクセリア王国では女性が軍人になったり政治家になることはできないのだそうだ。家を守れ、ということらしい。ベツヘルムではむしろ、男が家を守るものであると考えているので家の管理、召使たちの管理、子供のしつけなどはすべて家長が行う。宮廷づとめをしている男たちは家長になれなかったものたちの働き口として人気の職業だ。
「いわしがよく釣れます。大変いい漁場ですよ」
 そうこうしているうちに、小さな島々が見えてきた。人が住めないような小さな島から、少人数であれば生活できそうな洞穴つきの島など大小さまざまな島が三十あまりある。その中でも比較的大きな人が生活できそうなぐらいの大きな洞窟の開いた島の横を通過しようとしたとき船の先端に弓が射られた。あわてて周囲を警戒すると、通過しようとしていた島のちょうど船の高さより少し高い位置にある岩のところに人影があった。
「待ちな。ここは『青嵐団』のナワバリだ。許可無きものは通ることかなわぬ!」
 なんだ、青嵐団ってのは。
 私の知らないうちにそんな組織ができていたのか。
 まだ声変わりがしていない子供の声で男か女かわからない。容貌も逆光なのでシルエットでしかわからなかった。
「私の領地で勝手にそんな団を結成されても困るわ。あなたたちの目的は何かしら?」
 盗賊団だったら有無を言わさず襲ってくるだろう。すでに島では警戒態勢にあるらしく、この子供以外に数人がこちらの様子を伺うように姿を隠している。おそらく武装しているだろう。
「お前、新しい総督か?」
「そうよ」
 私が子供を見上げ返事を返すと、子供は驚いたように一歩後ずさりした。誰かが子供に指示を出したのか子供はまた私に問いかける。
「総督だというのなら、一人でこの島に来い。お前が総督であると証明できれば、海上の自由航行を許す」
「なんで、青嵐団に許可を求めなければならないのかしら?」
 私は小声で隣でたっているリコリスに助言を求めた。
「ここは航路上通らなければならない場所です。おそらく通行する船に通行税をかけ、勝手に関所のようなことをしているのでしょう。今回はお金ではなく、身の証を立てなさいということかもしれません」
「……関所っていたって納めたお金は総督府に入るわけではないのね?」
「青嵐団の活動資金でしょうね」
「もし、断ったらどうなるの?」
 私は大声を出して子供に問いかけた。子供はやや間を置いて言い放った。
「この場で殺す」

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