それが合図になったのか島のあちこちから人々が姿を現し、弓でこちらに狙いを定める。パルがいるのでこちらに被害はあまりなさそうだが、穏便に事を運びたい。彼らだって私が守るべき領民たちで、こうなってしまったのは結局のところ総督府の政治が悪かったのだろう。
「昨日の海賊たちとは違うのかしら?」
「報告書だけしか目を通してないけど、昨日のはリーダはヌビア人らしいっていっていたし、海賊なら突如襲ってくると思うよ。それと……海賊は軍事訓練を受けているみたいだったっていっているけど、この人たちは素人が多い」
 パルが余裕そうな表情で弓を向けている人たちを見た。全員が一様に弓を構えて狙いをつけているように見えるが、中にはきちんと弓が引けてないひともいるし子供たちも多い。軍事訓練を受けている人々の構成にしては装備もおかしい。
「そっちへ行くわ。だから弓をおろして」
「お前がこちらにきたら弓をおろそう」
 私はため息をついて、船員に板を島のほうへと渡してもらった。
「殿下、危のうございます」
 ミシェーラが心配そうに私をいさめる。
「大丈夫と太鼓判を押せたらいいのだけれど、穏便にことを運ぶにはこれしかないと思う。ただ、もし危ないと悟ったら遠慮せず攻撃して構わないわ」
 私は小声で早口にミシェーラにつたえて渡し板の上を歩いた。私が島へと足を置き、子供のそばまでいくとそれまで構えていた弓がおろされた。
「これから団長のところへ連れて行く」
 私たちに声をかけてきた子供は、よくみると女の子で十代前半ぐらいの年齢だ。水の民の血が濃いのか肌の色はどちらかというと色白だ。弓を後背に背負い、私についてくるように言った。濃い金髪の髪を頭の高い位置で結っているそれが振り返ったときにゆれた。腰にはあまり切れ味のよくなさそうな短剣が装備されていて、一応武装はしているようだ。私よりも頭ひとつ分低いのでいざとなったら私でも切り伏せることぐらいできそうではある。
 できれば、そんなことはしたくないけれど。
「しばらくそこで待っていて」
 私は船に残る仲間たちに声をかけて、少女の後に続いて島の奥へと向かった。


 深い森林があるおかげでこの島ではひとが楽に生活できるようであった。加えて先ほど見えた洞窟で雨風ぐらいはしのげるだろう。私は少女の後に続いて歩きながらそんなことを考えた。彼女の身なりはとても質素である。だが鍛えられているのか、森の中へと進む足取りは軽い。下草に足をとられないようにして進みながら、私は少女の名前を聞いた。
「聞いてどうする?」
「名前がないと呼びづらいでしょ。私はルシーダ。なんて呼べばいいかしら?」
「……シュゼット」
 呟かれるようにして教えてもらった名前は、ルクセリア王国風だ。
「シュゼットは青嵐団にいるのは長いの?」
「当たり前だ。だから団長のそばにいるんだ」
「でも、まだ十三歳か十四歳ぐらいだよね?」
「十五歳になる」
 あ……童顔なのか。
「青嵐団には十歳のころからいる」
「五年もいるのか。だいぶ長いね」
 十歳の子が勉強もしないでこういうところに入団してしまうのはどういう経緯があってのことだろう。
「ついた。ここが住まいだ」
 森の中が突如開けて、小さな村といってもいいぐらいの集落が目の前に現れた。木で組まれた小さな家々が並んでいる。
「団長の家はこの奥だ」
 シュゼットに連れて行かれた家はちょうど集落の中央部分にあり、ほかの家に比べたらすこし立派だといえるぐらいのだけれど、普通の感覚で見たら粗末な家だった。
 待っていろ、といわれて家の戸口の前でたったまま待たされた。ほかに見張りとかいないのだから私が逃げたらどうするつもりなのだろうと疑問に思いながら、家の前で立ちつくした。しっかりしているようで抜けているところがまだ、子供なのだろう
「このバカ」
 家の中から、誰か男が怒鳴っているような声が聞こえてきた。
「危ないことばかりするなといっているだろう」
 やっぱり、船を止めたのは危ないことだったらしい。そりゃ、子供が指揮していればあぶないよね。
「団長の役に立ちたかったんだ」
「まったく……いいか、俺の指示がない限りそういうことはするな。……だが、内親王殿下を捕らえたのは上出来だ」
 私は捕虜か何かなのか。
 その割には、両手も武器も自由に使えますよ。
 やがて扉が開いて、シュゼットと青嵐団の団長が出てきた。私は、団長を見てあ、と声を上げた。
 見知った顔だったのだ。
 燃えるような赤毛に、よく焼けた小麦色の皮膚。海賊に襲われたときに、助けてくれた------
「アリフ」

next