交換条件

「お前……そっか、庶民出身の内親王の名前はルシーダだったな……」
 アリフはあごに手を当てて私を値踏みするかのように全身をくまなく見つめる。いい加減、値踏みされるのにもなれたけれど、いい気分はしない。
「らしくなくて悪かったわね」
「お姫様でもすねることがあるんだな」
 私が値踏みされている視線に耐え切れなくて、アリフから視線をはずすと愉快そうにアリフは言った。
「用件は何?」
「そう睨むなって。姫さんよ。……そうだな、剣は使えるか?」
「身を守る程度には」
 私の答えが意外だったのか、アリフは一瞬だけ瞳をきらめかせついてくるように促した。連れて行かれたのは、すぐ近くの広場で思い思いの格好をした青少年の集まりが剣の素振りをしていた。アリフはその素振りを指導している、青年に声をかける。
「シャイファ、この女と勝負してみろ」
 シャイファと呼ばれた青年は、ここら辺ではあまり見かけない顔立ちだ。切れ長の鋭い目つきに、黒い瞳、黒い髪。これで肌が浅黒ければヌビア人なのだけれど、肌は白色。水の民のようだけれど、若干違う。ロウラン人かな。名前から考えると。
「どちらかが降参というまでだ。もっとも、お姫さんに耐えられるとは思わないが」
「だまらっしゃい」
 あったまにきた!
 この男が私の何を知りたいのか、はっきりしたことはわからないけれど内親王っていうだけでこの待遇はないでしょ? 庶民根性みせてやるっ
 シャイファは飄々とした態度で剣を構えた。あまり見かけない上段の構え方だ。私は小太刀を抜き放ち二刀流で構える。
 先に動いたのはシャイファだ。流れるような軌跡を描いて、私に切りつけてくる。少し前の私だったら、その動きの早さに手間取って防御一辺倒でしかなかっただろう。でも、私はミシェーラに稽古をつけてもらっているのだ。
 内親王殿下の直属の護衛が訓練をしているのに、剣術がうまくならないわけがない。ミシェーラよりもシャイファのほうが若干剣を振るう速度が遅いので、私は余裕を持って受けることができる。私のほうから攻撃を仕掛けても、シャイファに受けられてしまっている。
 長期戦になりそうだ。
 私は、体力があまりあるほうではない。シャファの方は持久戦でもいけそうだ。こうなったら、ちょっと反則かもしれないけれど、錬金術師お得意の便利アイテムを使って勝利を収めさせてもらおう。
 錬金術師ともなれば、非常用としてポケットに『雷の石』や『炎の石』ぐらいは持っているものだ。そのほかにも『意思のあるロープ』なんかも持っていたりする。シャイファからの攻撃を大幅に後ずさってよけたあと、ポケットから『雷の石』を取り出し手のひらで隠すように小太刀といっしょに握った。シャイファが懐に飛び込んできた瞬間、剣を受けつつ手のひらに握りこんだ『雷の石』を発動させた。自分で作った『雷の石』だから発動させる雷の威力も調整することができる。私は最弱で発動させた。
 シャイファは体をビクッと震えさせたあと、目を見開いて間合いをあけた。私はその間合いをつめながら剣を振り上げる振りをして『雷の石』をシャイファに向けてまた発動させる。剣が受けられた瞬間シャイファはまた、体が痺れたのだろう苦しそうな表情を浮かべた。その一瞬の体の揺らめきに、私はとっさにシャイファの腹を蹴り上げ左手で握った小太刀で相手の長剣を弾き飛ばした。尻餅をつくシャイファの首に小太刀を突きつけた。
 勝った。
 背後から拍手が聞こえた。いままでのやりとりをアリフはずっと傍観していたのだ。顔には満足そうな微笑が浮かんでいる。
「正直、姫さんがここまで使えるとは思わなかった。姫さんといえば淑女とやらの勉強しかしてない無能ものばかりだからな。人を殺させることを人に命じて平然としている」
 アリフのセリフは私の心にしみる。一般市民として生活していたときには思わなかったけれど、内親王になってから一般的に貴族といわれる人に接して、『何かがおかしい』と思うようになった。
「シャイファは俺の次に使える剣の使い手だ。そいつを倒しちゃうんじゃ渡航の自由を許すしかないな」
 私はアリフの言葉を聞いて、小太刀を鞘に納めた。
「ありがとう」

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