部屋にはいってきたのが私とミシェーラ二人だけなのを安心したのか、ロマディが得意そうに話している。媚を売ってきたのとえらい違いだ。
「このまま殿下には総督になってもらいますが、実権は私のほうで預かりましょう」
「それでまた、私服を肥やすのか?」
 ロマディは私の言葉に意外そうに目を開けた。この男、少し私を馬鹿にしすぎではないか?
 ロマディが右手を上げると、兵士たちが一斉に私に向かって弓を構えた。ミシェーラが剣に手をかける。
「動けばこの女に当たるぞ」
 ロマディは圧倒的な優位に立っていると確信し、口調と表情が変わった。
「武器を捨てろ」
 ミシェーラと私は渋々剣や隠していた短剣を床に放り投げた。ロマディは満足そうに頷き、私を値踏みするように上から下まで舐めるようにみた。
「殿下には……私の愛人としてもらってやろう。少々凹凸がさびしいようだがな」
 私が抵抗しないと思ったのか、ゆっくりと近づいてきて右手で私の頬に触れそのまま頸筋を通り肩へ降りた。苦労を知らない手で触られて私は体中に鳥肌が立った。私はほんのわずかに立ち位置をずらして、弓で狙っている兵士から身を守るためにロマディが盾になるようにした。
「ナトゥラム! この者を反逆罪で逮捕なさい!!」
 私はロマディを睨み付けながら叫んだ。ロマディは鄙俗い笑いを浮かべた。
「ここは息のかかった兵で固めている。誰も来ない」
「ほぉ。あの程度のものたちがお前の精鋭か」
 人を高みから見下したあの独特の言い方。普段だったら絶対に嫌みったらしいと思うのだけれど今日だけはとても頼りになる声がした。
 ナトゥラムが武装した兵士たちを従えて、部屋になだれ込んできたのだ。そのすきをついてミシェーラが剣を拾い、私に小太刀を投げ渡した。
「壁にもなりはしなかった。うちの隊で鍛えてやろうか?」
 泡を食っているロマディに向かって、ナトゥラムは鼻で笑った。ミシェーラがすばやく私とロマディの間に割ってはいり、すぐさまロマディを足払いで蹴倒した。兵士たちはそれでも主人を守ろうとするのか、弓矢を構えなおす。そこにナトゥラムの叱責がとんだ。
「お前達の忠義はどこにある! 私利私欲にゆがんだこの男か? それとも、総督閣下か? どちらだ」
 兵士たちは息を呑み、弓を引いていた手が緩む。お互い顔を見合わせ、一人が弓矢を投げ出すと次々へと降伏し始めた。
「ロマディ。貴方を反逆罪ならびに税収横領の罪で逮捕します。温和しく裁きを待ちなさい」
 もっとも、反逆罪は死刑以外にはありえないからロマディはこちらが気の毒なほど顔が青ざめて命乞いを始めた。反逆罪となれば、家族は死刑、一族は国外追放になる。きっとこの男にだって家に帰れば留守を守る奥さんや、子供だっているのだろう。
 だけど、こいつがしたことは何だ?
 無頼漢を海賊に仕立て上げ、自分の意に反するもの、他国のものから財を取り上げそれを横領した。海賊達に無残に殺された人々だっている。その被害者は女子供、そしてベツヘルム王国以外の人だ。
 そんな罪人を許していいのか?
「地下牢へ入れておいて。すべての事件を明らかにするまではね」
 打ちひしがれたロマディを引きずるように、ナトゥラムの部下が連行して行った。私はそれを横目で見て、ついに視線をそらした。
 私の一言で、彼の命が決まるのだ。
「さて、殿下」
 ナトゥラムが私へ向き直って見下ろした。ナトゥラムのほうが背が高いので当たり前なのだが、こいつにみられると、見下ろすというより「見下している」と思えてしまう。
「反逆罪、ということなのでロマディの家族、一族を捕らえなければならないのだが」
「家族は……誰が」

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