「聞かないほうがいい」
 珍しくナトゥラムが優しい言葉をかけた。だけれど、私は知らなければならない。これから「反逆者ロマディの家族だった」という理由だけで死刑にしなければならない人を地下牢へ送り込むのだから。
「ロマディの奥方と愛人、子供が四人。一番下は生後半年だ」
 私の驚いた顔に、ナトゥラムは目をそらした。今回のは紛れもない反逆罪だ。
「……反逆罪をなかったことにはできないのかな」
「お前の作戦でそう仕向けたのだろう?」
 私の作戦は、私が総督府を留守にしているときにロマディかもしくは息のかかったものが私の執務室からロマディの裏帳簿を盗りにくるところをナトゥラムに逮捕させようと思ったのだ。それであれば、横領の罪になる。だが、意に反してロマディは革命を望んだ。任期を過ぎても甘い汁を吸い続けるために。
「うまく……いかないものね」
 私はぎゅっと右手を握りこみ俯向いていた顔を上げて、ナトゥラムを見上げた。
「ロマディの縁者を捕らえなさい。その際は失礼のないように。仮にもベツヘルム王国の貴族なのですから」
「御意のままに」
 ナトゥラムは敬礼して、部下たちに命令した後部屋を出て行った。ミシェーラが心配そうに私を見つめている。
「いつかは、こうなると思っていたから。大丈夫。……だけど、今は一人にしてくれないかな」
 ミシェーラは痛ましそうに私を見つめ、一礼して部屋を出て行った。私は衣装棚の前まで歩きベツヘルム王家の正装を脱ぎ始めた。血で汚れている感じがして、一刻も早く脱ぎたかった。錬金術師の修行で野宿したときに、山賊に襲われて人を切ったことだってある。常に死と隣り合わせの生活をしていたのに、今回のはそれ以上の衝撃だ。自分を襲ってきたものを追い払うというのは防衛本能だ。山賊だって生きるか死ぬかの勝負に出てきているし、私だって死にたくはないから防戦する。結果殺してしまったとしても、嫌悪するほど血で汚れているとは思わなかった。だけれど、今度は血がつながっているだけで、縁組をしただけで処刑しなければならないのだ。
 法律を曲げればいいと考えなくもなかったけれど、それでは国が建ち行かない。
 これが、国を治めるということなんだ。
 私は軽装に着替えてバルコニーへでた。いつの間にか日が沈み街は夜の色に染まっていた。家々の窓からはランプの灯火がこぼれている。
 私はバルコニーの壁につけられているはしごを上った。ここから屋上に出られるようになっているのだ。初日に見つけて、いい星空観測ができると思った。誰もいない屋上の石造りの真ン中に座り私は仰向けに寝転んで、空を仰いだ。
 空には月がなく、満天の星が輝いている。
 ふと、ひとの気配がして私は起き上がって振り返った。星の明かりに朦朧と照らし出されてこちらを見て驚いているのは、セイだった。
「ここにいたんだ、殿下」
 私は黙って頷いた。
 セイは私を連れ戻しにきたわけではないようで、私の隣に座り先ほどまでの私と同じように仰向けに寝転がった。
「星が綺麗だよね」
 セイの優しい言葉に誘われて、私もその隣に仰向けになって空を仰いだ。
 星空が優しく私を包み込んでくれているような気がした。

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