星の音

「なんで何も聞かないの?」
 二人で寝転んで黙って星空を見上げることに、少しだけ苦しさを感じて私は沈黙を破った。セイは一呼吸置いて起き上がって寝転んでいる私を見下ろした。
「聞いて欲しいの?」
「……わからない」
 セイは頷きもしないで、また視線を空へと戻した。
「何かあったの?」
 らしくないセイの態度に私は自分が落ち込んでいることを、心の片隅に追いやって尋ねた。
「音を聞きにきたんだ」
「音?」
「ここは、よく聞こえるよ」
 セイが何を言っているのか分からなくて、私は反動をつけて起き上がった。並んで座って同じように空を見上げる。だけど、私には『音』は聞こえてこない。
「何の音を聞いているの?」
「星の音」
 きょとんとしている私に、セイは顔をこちらに向けていつになく優しそうに微笑んだ。
「音に行き詰ったら、ここで星の音を聞くようにしてるんだ」
 僕は、すべての音が音楽に聞こえるから。そうセイは呟いた。セイにとって、足音も衣擦れの音もすべて音程と音階を持った音で、リズムなんだそうだ。時折、それが苦しくなって『星の音』とやらを聞きに来るらしい。
「ここでこうしていると、他の音も綺麗に聞こえてくる」
 夜になったことで、暖かい海風が私とセイのほほをなで上げる。
 セイはここで、自分で溜め込んだいろいろなものを昇華させているのだろうか。世界の不条理を知ったとき、自分の力が及ばないことを知ったとき、……実は、孤独なんじゃないかと気がついたとき。だとしたら、私が隣にいるのは邪魔かもしれない。
 部屋には戻りたくないけれど、ここも少し居心地が悪い。
 私は立ち上がって、服のすそを払った。すると、セイも立ち上がって私に左手を差し出した。
「クラヴィ演奏するけど、来る?」
「だけど……私……」
 本当はこの時間なら執務室で、書類の整理をしている。その後、夕食で。
「少しぐらい息抜きしたって誰も何も言わないよ」
 差し出してくれている左手を取ろうか、と躊躇しているとセイは私の右手を差し出していた左手でつかんだ。
「殿下は、よくやってると思うよ」
 セイは強引に私の手を引っ張り、出口へと向かった。私は転びそうになりながらセイの後を黙ってついていく。階段を下りて長い回廊を歩く。回廊には等間隔にろうそくが灯されていて、夜になっても朦朧と明るい。これが満月だと月明かりが入り込んで、とても幻想的だ。
 クラヴィが置いてある部屋は、そのまま小さな演奏会に利用される小ぶりの広間になっている。今は、演奏会がないのでクラヴィだけが部屋にぽつんと置かれているだけだ。セイはクラヴィの前においてあるイスに座って構えた。
「なにか、聞きたい曲はある?」
「私、よく分からないの」
 本当は、王族は芸術にも秀でてなくてはいけないので、音楽や絵画の勉強をしなければならない。だけど実際私は、マナーや武官としての勉強に追われてそこまで手が回らない。
「わかった」
 セイは瞬きを二回する間考えると、滑り出すようにクラヴィを演奏し始めた。曲の速さは、ゆったりとしていて、気分が落ち着く。中音で奏でられるメロディは、瞬く星のようでいて、水が流れる様でもある。低すぎる音はあまり聞こえないが、低音のラインも歌っているかのように滑らかに上下していた。
 それほど長い曲ではなかったけれど、演奏が終わると心が穏やかになった気になる。
「素敵な曲ね」
「即興演奏にそういってもらえると、うれしいな」
 クラヴィの演奏を褒めると、セイはいつも決まって愁いを帯びた微笑を浮かべる。こんなに素敵な演奏なのに、どうしてそんな表情を浮かべるのか、私には分からなかった。
「もう一曲聞きますか? 殿下」
「お願い」
 だけれど、クラヴィを演奏しているときのセイはうれしそうだ。楽しくて仕方がない感じ。時折何を考えているのか分からない、すべての表情を隠している笑顔を浮かべるときがあるけれど、クラヴィを演奏しているときの笑顔は本物だと思う。
 今度の曲は、綺麗なのに切ない曲だ。旋律が哭いているように聞こえる。
「何かあったんじゃないの?」

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