王都からの手紙

「ルシーダ様、王都から手紙が届いています」
 エヴトキーヤが私の執務室に控えめなノックをした後に入って来た。
「誰から?」
 それまで読んでいた羊皮紙から顔を上げて、エヴトキーヤが読み上げるのを待つ。
「王太子殿下からです」
 私は右手を差し出してエヴトキーヤから手紙を受け取る。羊皮紙を丸めて、蝋で封印してある。その封印には王太子の花王が押されていた。羊皮紙を破かないように注意しながら、蝋の封印をはずして丸まっている紙を広げた。
 手紙の内容には、親善交流の名目でルクセリアの王子がベツヘルム王国に滞在することになったことと、勉学のためマロウにある王立フェンネル学術院に編入することになったと書かれている。学校はマロウにあるので、王子はマロウに滞在することになるから世話をよろしく、と手紙は締めくくられていた。
 私は頭を抱えたくなった。海賊騒ぎもまだ収まってないのに、他国の王子をマロウに滞在させるものかっ。
「ライアと、リコリスを呼んで来て」
 エヴトキーヤは一礼して、私の部屋から出て行った。


「……大体事情はわかりました。では、さっそくお部屋の準備をいたします」
 エヴトキーヤは他国の習慣や宗教的禁忌にも詳しいので、文化の違うルクセリアの王子の滞在する部屋の準備を任せるには適任だ。ルクセリアはベツヘルム王国と違って、厳格な一神教を信仰している王国なので、こちらとはだいぶ習慣が違う。
「なにか気をつけることってあるのかな?」
 滞在している間、何かと私はルクセリアの王子と話をすることになるだろうから、今のうちにルクセイラについて詳しく知っておいたほうがいいかもしれない。ライアは講師の口調になって、説明を始めた。
「ルクセリア王国は、西の大国と呼ばれる国です。王の名前はジョン八世。レオンハート王朝代十五代国王でございます。国教はエレ教という一神教です」
 厳格な一神教で、異教徒の定住は不可。必ずエレ教へ改宗をする必要がある。神の言葉を伝えるものたちの頂点として、教皇という位があるらしい。教皇は神に使える聖職者達から選出され、国王が定めた法律も必ず神の同意を得てからではないと発令ができないので、教皇は国王につぐ権力がある。そして、今回来るのはジョン八世と寵姫アイリーンとの間に生まれた第四王子ライナス殿下が来るらしい。歳は二十三歳。留学というには年をとりすぎていると思うけれど、もしかしたら体のいい厄介払いなのかもしれない。ジョン八世は艶福家なので王位継承権のある男児だけでも十五人、認知されている女児だけでも二十人はいるという。そのなかで、権力争いをして負けて追い出されたのか、逃げてきたのかは分からないけれどそういう可能性だって考えられそうだ。
「一週間後のご到着の予定です」
「それまでには、海賊を一網打尽にしておきたいわね」
「我々は陸戦は得意ですが、海戦は不得手です。国家として認めている水軍は事実上存在していませんから」
「マロウにいるのは、すべて豪商達が私費を投じて雇っている傭兵達だったわね?」
「さようでございます」
「今から訓練をつけたのでは、時間がかかりすぎるかしら?」
「慣れた者がたくさんいれば、急場はしのげますが、その船乗りに長じたものたちがほとんどいません」
「それは、なんとかしよう。……他に何か報告することはある?」
「以上が取り急ぎの用件でございます」
「わかった。下がっていい」
 ライアは扉のところまで歩み寄ると、私のほうを向いて一礼して部屋を出て行った。
 私はため息をついて、窓の外に広がる青空を見上げた。水軍の心当たりならなくもない。だが、それを是としないものも多そうだ。
「ミズライル! 外へ出るので、護衛をお願いします」
 私は身に着けている高価な宝飾だけはずして、部屋の宝石箱にしまった。もともと軽装を好むからこのまま外出してもマントである程度はごまかせるだろう。エヴトキーヤは私がいつも街へ降りるときに使っている少し仕立ての悪いマントを持って部屋の扉で待ち構えていた。以前なら市井へ降りるとなるとエヴトキーヤが非難がましそうな視線をしながら私を止めていたのだが、いまでは引き止めてもくれない。きっと呆れてしまったのか、慣れてしまったのだろう。
 私は、なるべく人通りの少ない順路を選んで総督府を出て行った。向かうのは、アリフがたまり場にしているとこっそり教えてくれた酒場だ。金持ちが出入りするような高級なところではなくて、もっと庶民的な安い、旅人もよく利用する店だ。

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