この時間だと、まだ昼間だから酒場ではなくて食堂になってるだろう。私はお店の扉を開けて中にはいった。思ったとおり活気のある食堂で、喧騒が周辺を包み込んでいる。看板娘である少女がくるくるとめまぐるしくテーブルの間を泳ぐように料理を運んだり、注文を受け付けていた。
 すばやく店内に視線をめぐらし、お目当ての人物がいないか私は確認した。
 いた。
 ひときわ奥まった席で、一人で黙々と食事をしている。今日は、テルシェヒリイェ・ピラウとタブックル・パタテスイェメイを食べているようだ。タブックル・パタテスイェメイに使われ居るのは、ジャガイモと鶏肉なんだけれど、よく煮込まれたジャガイモはとてもおいしい。……宮廷ではほとんど食べないけれど、庶民の食事ではよく食べる。
「ね、一人?」
 私はピラウに視線を向けているその男に頭上から声をかけた。男はめんどくさそうな表情をして顔を上げて、私を見ると意味ありげににやりと笑った。
「お姫さんが、こんなところに居ていいのかな?」
「構わないわよ。食事をしにきたのだもの」
 私は、ミズライルにも席に座るようにいって、二人分の注文をした。食事はさっき済ませてきたばかりだから、バーデムリ・パンディスパンヤとアイランを注文する。バーデムリ・パンディスパンヤはアーモンドをたっぷり使ったケーキで、アイランはさっぱりとした口当たりのヨーグルトの飲み物だ。
「俺に会えなくて寂しかったのか?」
「会いにきただなんて自惚れないでよ」
 アリフは始めてあったときも気障だったけれど、私の正体を知ってからもこの調子だ。本当に女の子が好きなんだから。私のしれッとした答えに、アリフはわずかに目を大きくして驚いたようだ。軽く流されるなんて思いもしなかったのだろう。
 だけど、口説き文句には最近免疫ができてきたのよ!
 ……偉そうに言うことでもないけど。
「取引しない?」
「しない」
 にべもなく断られて、私はアリフを見返した。すると、アリフは何かたくらんでいるかのような微笑を浮かべている。
「金持ちや、権力者に魂を売り渡すまねなんかしない。どうせ碌でもないことだからな」
「話ぐらい聞いてくれても」
「交換条件飲むなら話だけは聞こう」
「……いいわ。条件を」
「明日一日俺とデートすること」
「なんだ……」
 そんなことでいいのか、と私が言葉を続けようとするとそれをさえぎるようにアリフは言った。
「護衛はつけてはだめだ」
「なっ?!」
「当たり前だろう。デートに邪魔者なんかつけるなよ」
「私、こうみえても……」
 内親王なのよ、と続けそうになって口をつぐんだ。こんなところで身分を叫んだら、良からぬことをたくらんでいる人に目をつけられてしまう。
「お姫さんが、いいとこの嬢さんだってのは知っている。……俺を利用したければそのぐらいの覚悟を見せてもらわないとな」
 アリフの腕っ節がいいことぐらい知っている。護衛が居なくてもアリフが変わりに守ってくれるだろう、というのは予想の範疇だ。だが、アリフが聞いているのはそれではない。そんなに重要な用件なら、自分に命を預けられるぐらい信用しているのか証明せよ、といっているのだ。
「明日、どこ遊びに行く?」
 私は明日処理する予定だった書類をすべて、頭の中で飲み込んだ。
 どうにでもなれってのよ!
「ここを案内してやるよ。観光旅行では行かない、とびっきりのマロウってやつを案内してやる」
 ああ、悔しいかな。日に焼けた野性味あふれるアリフの笑顔は、とてもかっこよくて女の子が騒ぐのもおかしくないと私は、柄にもなく見惚れた。

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