港の通りの端から端まで両側全部ひしめくように屋台が並んでいる。取れた手の野菜を売っていたり、今朝釣ってきた魚や、遠い異国の調度品までいろんなものが並んでいる。ただ、月の大市と違うのはマロウに住んでいる人に売るためのようで、大市のときよりもさらに安い。
まあ、大市は観光客の人のための市場だからかもしれないけれどね。
私は屋台のひとつに惹かれるようにして、歩み寄った。
だって、ここ香ばしくていいにおいがするんだもの。
シシカバブを売っているお店だ。
やっぱり、私もこの国のひとだもの。その国ならではの故郷を思い出させる味や料理って言うのがあると思う。シシカバブはまさに、その代表。行った事はないけれど、遠い異国に住んだとしても、私はシシカバブの味を忘れないし、においがしたら絶対フェンネルやマロウを思い出すはずだ。
「おじさん、一本ちょうだい」
汗を流しながらシシカバブを焼いていたおじさんに、私はポケットから小銭を取り出して手渡した。おじさんは焼きたてのシシカバブをナイフでそぎ落として、串に刺して手渡してくれた。
「ありがとう」
私はお礼を言って受け取って、さっそく一口かじりついた。その樣子を、アリフがまじまじと見つめているので、恥ずかしくなって顔を背けてからシシカバブを口から放した。
「……なによ」
一口咀嚼して、飲み込んでからアリフに問うた。市のある通りをゆっくりと並んで歩きながら、アリフは笑って答えた。
「お姫様が、お金を出してシシカバブを買って、その端からかじりつくとは思わなかったよ」
そっか。
育ちの良いお嬢は、お金を持ち歩かないし、シシカバブは直接かじったりしないんだろうな。
「お嬢様じゃなければ、付き合う気はしない?」
「まさか」
アリフは笑いを収めて穏やかな表情をした。アリフのこんな表情、私は初めてみた。
「最高だね!」
急にアリフは私の肩に手を置いて自分の胸に引き寄せる。私はアリフに肩を抱かれたまま市場の中を歩く。
それから、アリフは蜂蜜入りのパンを売っている屋台の前で止まって、自分のと私の分を買ってくれた。アリフが選んだのは、手よりちょっと大きい位の丸型に成型された白パンで、フェンネルの小麦地帯で取れた小麦粉を使って、中にはたっぷりの蜂蜜が含まれている。焼いている匂いなんか、最高!
アリフは私に焼きたてのパンを手渡してくれて、食べるように勧めた。パンを手につかむとふわふわとしていて、指で軽く押すと弾力があった。王宮にある気持ちのいいクッションみたい。左手にはシシカバブの食べかけの串を持っていたので、私は右手でつかんだままパンにかじりついた。蜂蜜の優しい甘さが口に広がっておいしい。
やっぱり、アリフはかぶりついている私に興味津々のようで、パンを齧ったあと目が合った。隣を歩くアリフを見上げて、私は「何?」と問いかける。
「……いや、なんでもない」
即決即答のアリフにしては珍しく、言葉をごまかす。私は近くにあったゴミ箱に綺麗に食べたシシカバブの串を捨てた。
港の前の広場では、陽気な歌声と音楽が聞こえてきた。人々が円陣を組んで楽しそうにおしゃべりしたり、歌ったり楽器を演奏したりしている。円陣、といってもきっちりとした円ではなくてなんとなく集まって円が描かれているようだ。
楽器を演奏している人と、歌っている人、踊っている人数名は、この国の人ではないみたいだ。この国には珍しい、彫りの深い黒髪黒目の特徴を持っているからだ。服装も、たくさんの細かい模様の入ったワンピースをきていて、珍しい。
「あの人たちは……」
アリフが私の見ているものに気がついたのか、解説しようと口を開いたのを私がさえぎった。
「知ってる。ロマでしょ?」
国から国へと旅をして歩き、歌や踊りなどでお金を家生で生活している人たちのことだ。フェンネルではロマの行き来は自由だし、歓迎される風潮があるけれど、国によってはロマの人たちが酷い差別を受けているとライアから聞いた。
私が王都で、何もまだ知らないで生活していた頃、近くに定住することを定めたロマがいて、よく踊りや歌を教えてもらった。ロマが使う言葉は不思議な響きだったし、歌も踊りもフェンネルにないものだから、異国情緒にあふれていて私は大好きだ。
久しぶりに聞けた音楽に、私は嬉しくなってアリフと一緒にその輪の中に入っていった。