伝統の重み
すでに、出発の準備は整っている。私とライナスはそれぞれ飾りのついた馬に乗り、ナトゥラム率いる護衛隊をお供に総督府を出発した。案内といってもすでに決められたコースを辿るので、行く先々ではマロウの人々が道の両脇に列を成して待ち構えていた。好奇心に目を輝かせた人々が沿道に集まり、私とライナスに注目する。
期待と羨望の混ざった視線を受けることを私は慣れていない。どぎまぎしながら、それでも平静を装って正面を向いて馬を緩慢と進める。ライナスはなれたもので優雅に微笑みながら、時折沿道の人々に手を振っていた。
ライナスは顔立ちが美しく、またベツヘルムでは見かけないタイプなのでライナスに手を振ってもらった沿道の人々は、さらに歓声を高くした。
私も、沿道の観客だったら歓声を上げたかもしれないな。
今は、遠くなった日々を思い出して、私は少しだけさびしかった。
慣れというのは恐ろしいと思う。私は生まれたときからこのような生活をしていたのだと思うほど、この生活に慣れてきている。本当は、新参者でまだまだ学ぶべきことが多いというのに。私は気を引き締めて正面を見据えた。
沿道では、笑顔を向ける親子連れがいて自然と私の顔にも笑みが浮かんだ。
大丈夫、私は、まだやれる。
マロウを案内するといっても、有名な施設だけを見学し、あとはライナスが通う学校の見学をするだけだ。王立の魔術学校といえばそれなりにレベルの高い生徒ばかりが集められている。将来を保障されたエリートばかりだ。私程度の魔力では、入学すらできないだろう。
そんなところに編入するのだから、ライナスは優秀な魔術の使い手といえる。
制服に身を包んだ学生に校舎内を案内してもらいながら、私はそんなことを考えていた。学生は、賓客をもてなすということでひどく緊張しているようだ。声がわずかに震えていた。
ライナスはこれから通うということもあってか、いろいろ質問して熱心に聞いているが私は魔術理論に関しては素人も同然なので、時折質問をしている。
ナトゥラムたちが入場規制をしてくれているので、私たちの周囲には一般人はいないが、それでも複数の視線をいつもより感じて居心地が悪い。一挙一動見守っている……というか、観察しているといってもいいだろう。私たちの訪問は、学生たちの好奇心を刺激しているようだ。
「……そして、ここが侵入者用のトラップが仕掛けてある廊下です」
案内している学生が躊躇無く、トラップの仕掛けてある廊下に足を踏み入れたので、ライナスと私もそれにつづいた。ライナスは何事も無かったかのように歩いているが、私は足を踏み入れたとたん体がふわりと宙に浮いた。