軍備補強

 ライナスにマロウの案内をした次の日、私はまた、身分を偽ってマロウの街に下りていた。今度は、アリフが利用している酒場に向かう。いつもの席で食事をしているアリフをみつけて、私は了承を得てから正面に座った。
 アリフは、私が来るといやな顔をしていたのに、今日はそんな表情を見せなかった。
「そろそろ来ると思っていた」
「……なら、話ははやいわ。大事な話があるの」
 アリフがご飯を食べ終わるのを待ってから、私たちはアリフのアジトへと向かった。アリフがマロウからアジトの島へ誰かを連れて行くというのが珍しいらしく、アジトについてからは青嵐団の人々が私をじろじろと見ていた。
 アリフの家へ案内されて、彼は主人の位置で座った。私はその向かい側に座した。両脇にはアリフたちの側近とも言える仲間たちが座って、黙ってこちらの様子を伺っていた。私の後ろには影のようにミシェーラが控えている。
「話とは?」
 アリフが先に口を開いた。私は、緊張するのを抑えるためゆっくり呼吸をした後座ったままでの最敬礼をアリフにしていった。
「どうか、あなた方の力を私にお貸しください」
 私が海賊退治のためにたどり着いた、たった一つの回答だった。
「総督府は水軍を持ちません。陸戦であれば無敵を誇りましょうが、海戦では勝ち目はありませぬ。アリフ殿、どうかその力を貸してくださいませ」
「総督閣下のために力を貸せと?」
 アリフの言葉に、側近たちがざわめく。私が総督府からの使者かだとでも思ったのだろう。
「私のためでは有りません。あなた方が守りたい、マロウのために」
 私が総督自身だとわかってさらにどよめきが起こる。中には、総督である私を切れ、と口にするものまでいた。
「私、マロウ総督ルシーダは、青嵐団にマロウ防衛のため協力を願います」
 私は必要なことは言った。マロウを守りたいこと、これは命令ではなくて頼みごとをしているのだと。私は背後から、本物の殺気を感じ取ってとっさに床に転がって振り下ろされる長剣をよけた。とっさに体を起こし私を切りつけた者を見上げた。
 アリフの側近として座っていた男の一人が、殺気を眸にぎらつかせて長剣を構えたまま見下ろしている。
「飛んで火にいる夏の虫、とはこのこと。頭、こいつの首を取って総督府に送り返してやりましょうや。我らとの抗争を忘れたとは言わせないと!」
 ミシェーラが私の前に立ちはだかり、男と対峙した。ぴりぴりした空気の中で、アリフが一喝した。
「やめろ。首を送りつけてみろ。こいつはいままでのぼんくら総督とは違う。配下のものから信頼を得てるんだ。復讐に狂った正規軍が俺たちを全滅させる。王都からまたぼんくらなやつが派遣されたらマロウは終わりだ」
 男はアリフに言われて納得したのか、剣を鞘に収めて席に着いた。それでも、ミシェーラは男をにらみつけたままだ。
「ミシェーラ……大丈夫だ。アリフ殿は部下をよく従える器量がある」
 私はまたもとのところに座り、アリフと向き合った。
「いいだろう。総督閣下。青嵐団はマロウのために海賊退治に参加する。だが、青嵐団の指揮は俺が取る」
「かまいません。海賊退治の作戦などは追って連絡します。……あなた方の協力に感謝を。水の神ミムラスのご加護を」
「ミムラスのご加護を」
 私は水軍であれば信仰しているはずの水の神の名前で祈りをささげた。アリフもそれに祈りを返してくれた。契約は成立だ。

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