海賊退治

 私は着飾った服の下に、皮鎧をきている。正式に武人になったので鎧を着ていても構わないのだが、パレードなのに着飾っていないのは不審に思われる、とライアに進言されたので鎧の上に豪奢なマントやら、よくわからない服を着せられた。ちゃんと、引っ張ればぱっと脱げるようにしてあるらしい……がこればっかりは、ぶっつけ本番やるしかなかった。
 あらかじめ、マロウに住んでいる人々には総督府の砦を開放して、必要なものだけをもって避難してもらっているし、マロウに到着予定の商隊は近くのオアシスで待機してもらっている。いま、マロウの沿道を埋めている人垣は、ナトゥラム配下の兵士たちと、パル率いる魔術師部隊の幻影の魔法が得意なものたちが作り出した幻だ。幻影の魔法は、近くに寄ればさすがにまやかしだ、と気がつくので海賊たちが上陸してくるところに兵士たちを配し、他のところを幻影でごまかしてもらっている。
 私のお供は、ミシェーラとミズライルだ。そして、セイ。文官であるセイを馬車に同席させるのは正直なところ気が引けたのだが、パレードが本物だと思わせるなら文官を誰かのせるしかないとセイに説得された。
 セイは、剣術の稽古が苦手だといっていたので、自分の身が守れるかすこし、心配だ。
 私は、屋根のついていない王家の紋章入りの馬車に乗りこんだ。総督府の正門から馬車がすべらかに走り出した。総督府周辺は、魔術で作った幻影と総督府に避難した住民の方々を守る護衛兵で沿道が埋められていた。私は、にこやかな笑顔を浮かべて、それこそ支配者らしく背筋を伸ばしてゆっくりと手を振った。
 支配者らしい顔つきなんて……と思っていたけれど、一般の兵士やそれこそマロウの住人たちは頼りになる支配者らしい雰囲気を望んでいるはずだ。「この人だったら、頼れる」きっと、みんな心のどこかでは思っているはず。私は、まだまだ未熟で必ずしもいい政治をしているとは言えないかも知れない。だけど、せめて支配者としてできる限りのことはしていると、態度に表してもいいのではないかと、思い始めた。
 港からも、総督府からも一番距離が離れたところにパレードの列が差し掛かったときに、海上のほうから砲撃の音があたりに響いた。港には、それまで友好関係を示す旗が掲げられていたのが、取り下げられ、代わりに黒地で白いハゲ鷹の紋章が書かれた旗が掲げられている。砲門から火を噴いているのは、あの船だ。
 私は、ライアに言われたとおりに服のすそから出ている飾り紐を思いっきり引っ張った。すると、来ていた上着がするすると脱げ、鎧姿になった。
「全軍、配置につけ。突撃部隊は、我に続け!」
 私は、馬車につながれていた馬に乗り移り、真っ先に海賊船めがけて走り出した。私の役目は、おとりになり、海賊たちを弾きつけておくこと。武官になったから、約束どおり好きなように部隊編成を考えさせてもらったけれど、最後まで私が囮部隊を率いることはライアにも、ナトゥラムにも反対された。
 一番、危ないと言われたからだ。
 その一番危ない部隊を誰か他人に「行ってこい」と私は無責任にいえない。危ないなら、他の人たちに「戦って死ね」と命じる私が先頭で戦っていたい。それが、他人に命じる「力」のある私なりのけじめだ。
 私が固い決意でいるのを知って、ナトゥラムはため息をついて軽く頭を左右に振りながらライアに言った。
「ゴールデンロッド卿の教えてこられたことを、殿下はよく学ばれているようだ」
「そう……みたいですね」
 ナトゥラムの針で突き刺すような鋭い眼光に晒され、ライアはナトゥラムから視線をよけるように、顔をそらした。
 ライアは常日頃から言っていた。「権力のあるものは、他人に命じる代わりに命令の重さに見合った責任を取れ」と。
 次々と上陸している海賊たちの先陣を切っているのは、シミターを装備したひげ面の男だ。その男めがけて砂嵐のように馬で駆け込んだ。
 私の後をついてくる兵士たちと共に、気合をこめた大声を上げた。そうでもしないと、やってられない。
 だって、怖いから。
 先陣に立つとは言ったけれど、やっぱり戦場は怖い。
 人を切るのも怖い。

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