セイは頷いてくすくすと笑い出した。
「大げさだよ。僕は外国に行くわけじゃないし。……ちゃんとやれるよ」
「で、でも……」
 セイは私の言葉をさえぎるように、右手の人差し指を私の唇に軽く触れさせた。
「ね、殿下。いつか……」
 セイは空を仰ぎ見て、再び視線を私に向けた。
「いつか、僕は君の謳を作っていいかな」
「クラヴィで?」
「そう、クラヴィで」
「そのときは、一番に聞かせて」
 私とセイはしっかりと握手を交わした。私と、セイは今は、このくらいの関係なんだろう。


 セイがシュテンツァ城へ出発しても、毎日は変わらなくやってくる。エヴトキーヤが毎朝、私のためにお茶を入れてくれて、その日の執務に取り掛かる。ライアやリコリスを呼んで、いろいろな意見を聞いたり、時には自分の目で確かめに行ったり。
 そして、執務室にこもりきりになるとナトゥラムやパルがやってきてなんだかんだと理由つけては、外へと連れ出してくれる。ナトゥラムには相変わらず、馬鹿にされるし、パルの能天気振りには振り回されるし、ライナスの台詞には赤面させられるけれど、私にはずっと続いてほしい楽しい毎日だ。
 そして、時折こっそりとマロウの街へ降りる。
 今日だって、ナトゥラムが「市井の勉強だ」とかいって執務室にこもっていた私を連れ出した。二人並んで、マロウの街を歩きながら私は、青い空を仰ぎ見た。まぶしい太陽に、私は片手を目の前で広げてさえぎる。手のひらに感じる太陽と、目にいっぱい広がる澄んだ空が気持ちよかった。
「なにやってんだ。行くぞ」
 せっかちなナトゥラムの声に、私はひそかに笑いながら、こんな毎日が続けばいいのにと、柄にも無く何かに祈っていた。


 一緒に、同じ夢を見てくれる人がいるから。
 もう、一人だと嘆かなくていい。

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