自治区マロウの事情

 私がマロウ総督になってからもう、二年が過ぎようとしている。王族に迎えられた十七歳のときに、マロウ総督に任命された。今年で十九歳。昨年は、誕生日にで王都へ行ったけれど、町並みこそ懐かしかったが、王宮は懐かしさはこみ上げてこなかった。マロウへ戻ったとたん「帰ってきたんだ」と安心した。
 私は、もう、ここの住人になっているようだ。
 マロウ総督になった最初の年は、マロウの政権の掌握や海賊退治などで奔走される日々が続いたが、最近は平和を維持している。前年度よりも貿易収入は黒字である。安定してきた証拠だと、私は思っている。
 王都とマロウ自治区を行き来する商隊が多いので、街道の整備を今年から始めた。いままでは、道といっても人々が踏み鳴らした道で、これといった案内図もない。オアシスの管理もままならないのでは、新たに商売を始めた人々にとっては酷である。オアシスが点在しているため、王都に商売に行かないといった商人もいた。そういう人を王都へ行き易くし、また、こちらにも気安くなればますます活気付くだろう。
 マロウ自治区は商売して、なんぼの都市だ。
 十九歳になって何が変わったかといえば……縁談が頻繁に話題に上ることになった。二十歳前後で結婚することが多いので、年頃の私にも縁談の話が舞い降りてくる。他の人と何が違うかといえば、相手の男の身分が抜群に良かった。
 王国名門、六貴族のうち年頃のいる四貴族からは何度も、縁談の話が私のところに持ちかけられているし、王都では父王へ交渉している方々もいるらしい。そのほかにも、六貴族までとはいかなくても位の高い貴族の方々は、私の身分に引かれて艶めいた手紙を送ってくる。また、他国にも私の存在は知れ渡っているようで、隣国からも数通手紙をいただいた。
 全部それに返事をしているか、といえば正確なところ、そうではない。私が考えた文章を侍女のエヴトキーヤに清書してもらっているのだ。全部に私が手書きで答えていたら、執務が停滞してしまう。
 ……率直に言おう、私は字が下手だ。
 とてもじゃないが、育ちの良いお姫様の字ではない。
 まるでお手本、という字体を書くエヴトキーヤがなんでも仕事をこなす優秀な侍女がいて本当によかった。
 気がかりなことといえば、王都にいた頃占い師が私に対して行った予言だ。「三年以内に王国を揺るがす戦が起きる」……そんな不吉な予言とともに私は自分の出生の秘密を知った。そろそろ予言の刻限だ。
 今のところ、世界は至って平和。預言者の予言なんて外れれば言いと思うけれど、父王が絶大な信頼を寄せていることを考えたら、何かある、としか思えない。
 だけれど、他国の情勢を見てもいま、ベツヘルムを侵略しようとする国はないと思う。ベツヘルム王国の隣国といえば、ヌビア王国、ルクセリア王国だ。ヌビア王国は長年友好関係であるし、私の伯母に当たる人が現ヌビア国王の元に嫁いでいる。また、ルクセリア王国では、王族同士の交換留学をしたり、文化交流をしたりと積極的にかかわるようにしている。
 最近では、ベツヘルム王国からルクセリア王国に嫁いだ人はいないが、以前は正室として嫁いだ人もいたそうだ。


 午前中は、会議と執務。午後からは武官としての訓練という日々がずっと続いている。相変わらず、ナトゥラムにもミシェーラにも勝てないが、剣舞の腕はだいぶ上がったと思う。ナトゥラムに馬鹿にされる機会だってだいぶ減ってきたし、……口が悪いのは相変わらずだけど……模擬軍事訓練のときは、いいところまでナトゥラムの率いる小隊を追い詰めたのだ。そのときは、本当に悔しそうな顔をしてた。
 パルは、相変わらず天真爛漫で、お気楽極楽魔術師だ。二人で総督府を抜け出して、町で散策している……なんてことはよくあることだけど、ライアに小言をもらうときには一人で、空間移動魔法を使って逃げるところも変わってない。そんな極楽魔術師だけれど、魔術師部隊を率いる統率力は、さすがで……街道を荒らす盗賊退治に行った時には、助けられた。
 セイは、季節の折々に手紙がくるので、消息を知ることができる。シュテンツア城で相当苦労したみたいだ。シュテンツア城といえば、長年コルツフット家が守ってきた国境要塞の要だ。そこに勤める文官たちも、コルツフット家縁の者か、忠誠を誓っている者たちが多い。そこへ、ライバル貴族のアラニカ家の跡取り息子が来るとなったら、悪目立ちしすぎで格好の標的になっただろう。 

next