セイは手紙に一言もそんなことは書いてないけれど……以前、街道整備のためにシュテンツア城によったときに、セイが同僚達からいじめられているのを見た。どれも、コルツフット家の威光を笠にきたものたちがセイにつらく当たっていたのだが、私は助けることはしなかった。
 そこで助けたら余計にセイの立場が悪くなるからだ。セイが彼の望むように、実力で私の横に並び、六貴族の子息達と共に国を治めたいのならば、私のいるところまで這い上がってこなければならないのだ。
 私は、セイが這い上がってくることを信じている。


「……以上で、報告を終わります」
 リコリスはこの町に住む外国の商人達との架け橋になってくれている。宗派こそ違え、神官というのは外国人にとっても信頼の置ける人物に写るようで、リコリスは適任だった。
「ただ、ひとつ気になる噂が」
 私は頷いてリコリスの話を促した。
「ルクセリア国王が病気だということです……ルクセリア方面からの商人達が噂していたのでまったく根拠がないわけではないと思いますが」
「正式な通達がまだ来てないから、なんともいえないけれど。ライナス様もいつも通りだし」
「もし、ルクセリア国王が病気だった場合、いかがいたしますか?」
「ライナス様が心配で一時帰国されるのであれば、その支援を。王都へ使いをやって、陛下に対応をお任せしましょう。相手はルクセリア国王ですから、私が軽々しく手紙を送ることはできませんから」
「そのように手配いたします」
 リコリスは一礼して、執務室から退出した。
 ルクセリア国王が病気となると、避けられないのが跡継ぎ問題だ。順当に行けば、長男が継ぐことになるのだろうが、ルクセリア王国では血筋が重視される。確か、長男は妾腹の出で次男が正妻から生まれたはずだ。三男、四男……これは、ライナスだけれども妾腹出身。となれば、長男と次男の争いになるだろうけれど、長男より先に生まれた姫がいて、それが正妻の腹から生まれたのだ。
 ルクセリア王国で女帝は認められていないが、噂を聞く限りとても利発で誰もが「男に生まれていたら」と思うほどの力量らしい。そんな器量があるなら、万難を排して女帝となりそうではある。
 ライナスは、争いごとは好みそうにないけれど、それでも王子と生まれたからには頂点を目指したくなるものなのだろうか。
「ミシェーラついてきて。外に行くから」
 私は、一通り書類に目を通してから立ち上がった。ちゃんと、そこそこ稼いでいる商人の娘にしか見えない格好をしているので、このまま外へ出ても大丈夫だ。
 街は相変わらず活気付いていて、露天商の品物を売る声が途絶えない。私は、雑踏の中を気の向くままに足を進めた。それでもやっぱりいつもきている銀の海亭にやってきてしまった。いまや、一個小隊をあずかる小隊長になったアリフだが、彼も変わらずここにきている。店に入ると、奥まった席で一人で酒を飲んでいる。
「昼間っから酒?」
 私があきれて彼の前に立ちはだかって言うと、アリフは手に持っていたゴブレットを置いて、にやり、と笑った。
「平和だからな」
「お勤めはどうしたの?」
「副官に任せてある」
 私が呆れてため息をついていると、右手をアリフに掴まれた。
「俺が心配で追ってきたな?」

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